7人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
*
私達は予約していた旅館にそのまま向かい、
温泉に入り浴衣に着替え、和室でのんびりと晩ご飯の海鮮定食を食べた。
「ああ。もっと大学生のときに三重の観光地行っとったら良かった。あのとき伊勢神宮とおかげ横町の制覇しか俺たち頭になかったからな。」
「久々に休日に行くと違って見えるよね。出店でバイトしてる暇な後輩から赤福分けてもらうなんて、平日限定の楽しみやったよね。」
「あと俺の寮に来てくれて、門限まで部屋で遊んだな。自由で楽しかったな。」
「うん。」
歓談しながら料理を食べ進めると、謎の漬物に興味を持ち、メニュー表でそれがアカニシ貝だと知ると、私はぎょっとした。
「え、アカニシ貝って、食べれるんだ……。」
「それ美味しかったで。どした?」
「小学生のとき社会科見学でね。アカニシ貝の解剖をしたことがあるんやわ。」
貝紫染めと呼ばれる、地元に伝わる伝統工芸だ。
ピンセットで紫色の体液を採取して、海水で薄めてそれをハケで麻の布に自由に絵を塗る。日光にさらすと染色が完成してお手製のハンカチが出来上がるのだ。
「いつも持っとるこのハンカチ。これがそう。手先が器用な友達と交換したものなん。」
そのとき、麻のハンカチを改めて見て私は愕然とした。
──バラバラのパズルのピースが動き出した気がした。
夕焼けの展望室を二人占めしたときの日差しのように、
子供だけで乗った電車から降り、改札をくぐり抜けたときのように、
それはすぐ側にいた。
「……貝の体液を使って染めた、か。君はその貝の生きた証を持ち歩いて旅してたんやな。その貝も幸せに成仏しとるはずや。」
ドクンと心臓が高鳴った。
「それ、くれた子は?どんな子?」
マコトの手のひらの体温を思い出して、私は苦しくなった。
「亡くなった。中学生のとき海に流された。」
最初のコメントを投稿しよう!