貝の押絵と旅する女

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* 近所の旅館に泊まることに慣れなかったのか、なかなか寝つけなくて、真夜中に目覚めてしまった。 明日には家に挨拶に行く。 三重を出ていく、と宣言する。 和室の木製の欄干から、墨汁を溢したような真っ黒の空と海を見ていた。 遠くに、鳥羽マリンターミナルのLEDライトがぽつぽつ見える。 静かな夜だった。 彼がくれた本物の真珠のネックレスを、浴衣から覗く腕にぶら下げてその夜に照らしてみた。 それはとても重かった。 ──東京へ行った日、物件探しついでに、実はマコトの地元の浅草に寄った。 徒歩でいける距離にある、一番高い建物の東京スカイツリー。 上ってその景色を初めて見下ろしてしまった。 言葉を失った。 どんな思いを抱えてマコトは三重で過ごしていたのか分かってしまったのだ。 高い場所から見ると一目瞭然だった。眼前の街は文化の違いや歴史をあまりにも凝縮している。そう。浅草と鳥羽はあまりにも違いすぎた。 彼女が小学生のときはまだスカイツリーはなかっただろう。でもマコトはそれを長年肌で感じてすり込ませて色々なことを諦めていったのだと、気づいてしまったのだ。 それを思い出すと涙がぽろぽろと出ていた。 涙が麻のハンカチに少し落ちた気がした。 すると、水分を含んだ麻のハンカチに違和感を覚えた。 ハンカチの貝の押絵が、紫色に鈍く光っていたのだ。 「ん?」 ふと窓の外を見ると、 墨汁のような真っ黒の海は紫色に発光し、鳥羽マリンターミナルの灯りは宝石箱のようにキラキラと残像を残し消えていった。 そして間もなく紫の蜃気楼がしゅるると現れ、 目を凝らすと、私の背後にはセーラー服を着た美少女が包まれていたのだった。 暗闇の中。彼女は和室の畳の上に立っていた。 顔ははっきり見えない。だけれど、それは私が通っていた中学のセーラー服だった。 「……マコト?」 「違う。私は怪人二十面相。乱歩には屋根裏の散歩者って鳥羽を舞台にした話があるの。だから私も屋根裏から伝ってきたの!ま、嘘だけど。」 そう、この少女はいつも話の導入に、こんなウンチクを話していた。
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