貝の押絵と旅する女

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「ごめんなさい。先週のマコトのお墓参り、彼の実家の京都に居て行けなかった……。」 「あー!いいってそういうの。こんな長い間毎年来てくれるのお母さん以外ユメノだけだから!お父さんなんて四回しか来てないし。」 両親の仕事の都合で、突然浅草から転校してきたマコトは、三重の祖父母の家に単身で預けられて暮らしていた。 だからか、いつも浅草へ帰りたがっていた。 ある晩、東京行きの舟が出るフェリーターミナルの近くで、何を思ったか海に落ちる姿が監視カメラに映った。遺体は発見されなかったそうだ。13歳のときのことだった。 中学生の容貌であどけなく話すマコトを前にすると、まるで長期休暇明けに再会したような妙な感覚だった。 私は神妙に、真剣に紫の蜃気楼に話しかけた。 「ねぇマコト。私、今まで当たり前やったものから離れるのが怖い。 それに、」 本音を言うと、 マコトみたいに辛い最期を迎える気がしてならないのだ── 私はお墓参りの度に、見知らぬ環境は怖いんだ、いつか飲まれるんだ、と怯えていた。 そんな被害妄想が頭から離れず、結婚が現実味を帯びるまで、ずっと震えて暮らしていたのだ。 「長旅はずっと暗闇だよ。 誰も助けてくれないし、不安でしょうがない。」 その蜃気楼は、そっと影から腕を差し出し、私の手のひらを握った。触れ合えたことに驚いた。でもそれ以上に、ひんやりした肌から強い意志を感じて私はびくっとした。
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