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思ったことはないだろうか。夜空に浮かぶ月が、地球の引力に捕らわれてただくるくると周回しているだけの存在ではなく、何か意味があるのではないかと。
空に手を伸ばし、美しい衛星を隠してみる。親指に遮られた月は、広がる闇に光を淡くこぼしている。
「中においで、さらわれるよ」
僕を呼ぶ声は、低いのか高いのかわからない不思議な音色で、性別も年齢も定かではない。
「さらわれるって何が? うさぎも来て月を見てみたら」
僕の部屋から億劫そうにベランダに出てきた生き物は、ふさふさとしていてうさぎに見える。
とても小さくて、僕の足元で跳ねている。便宜上うさぎと呼んでいるが、恐らく本物のうさぎではない。喋るうさぎなど聞いたことがない。
「月と言ったかい」
「言った」
「どちらが月だい」
「え? ……あれだよ」
僕は空を指し示し、闇夜を照らす衛星を見上げた。
「……あれ?」
「どちらが月だい」
うさぎは笑って、ぴょこんと跳ねると僕の肩に飛び乗った。
月は一つしかないと思っていたが、僕の認識が誤っていたのだろうか。空に浮かぶ『月』は、いつの間にか二つになっていた。今夜は満月。二つの月は煌々と闇に浮かび、輝いている。なんと奇妙な光景だろう。
「どちらが本物の月だと思う?」
「え、一つは偽物?」
「さて、どうだろう。あててごらんよ」
うさぎは柔らかい体を僕に委ねて、いつの間にか腕の中に収まっていた。
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