1.己に克ち、礼に復る

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 七時にも関わらず、外は暗い。随分と日が沈むのが早くなってしまった。  吐息が白く濁る。  親睦会は、会社から二十分ほど歩いた先の店で行われた。駅から近く、カジュアルスタイルの小洒落た酒とイタリアンが楽しめる店。日向野さんが選んだ店だとすぐに分かる。中嶋さんが女性ということと、遅くなったときのことを考えただけじゃない。彼のことだから、事前に好みを聞いてイタリアンを選んでいるはずだ。  店内は、イタリアを思わせる緑と白、赤のカラーがふんだんに使われている。レジに飾られたブリキのおもちゃは海外製のようで、錆びれたそれは、どこか故郷を思わす懐かしさがあった。 「なんで、広報課もいるですか?」  アッシュグレーの頭を見つけるなり、僕は低く唸った。  どうしてここに斎馬がいる。  声に出そうになり、唇を噛んだ。  おうおうと谷山さんが入ってきた企画営業課の僕らに気付いて、手招きをする。 「あれ、言わなかったけ?」  隣でそう言った日向野さんにハッとする。 「すみません。僕の思い込みで営業企画課だけだと思っていました」 「北原ってば、つれないなあ。いつも仕事をよく一緒にしているだろう!」  聞こえていたのか谷山さんが僕の肩を叩いて笑った。まだ酒も入っていないのにこのテンション。普段から煩い広報課の長だ。 「ほんとそうですね。すみません」  和やかに返すと、谷山さんにおいでおいでと隣の席を叩かれる。そして、座るように誘導された。  谷山さんは何故か僕を気に入っている。  酔ったらこの人、面倒臭いんだよなあ……。  自分からだと、絶対に隣には座らない。  僕がいる企画営業課と広報課はよく一緒に仕事をする。イベントの企画を立案して提案して売っていく僕の課に対して、彼らは企画に合わせたPRを考えてくれる宣伝部署。自分が持つ案件の担当になった広報課を連れて客先にだって赴くことがある。ニコイチの部署なのだ。  企画営業課と広報課だけで、十八人。若手の野郎どもが、中嶋さんの隣をこぞって狙っている。日向野さんが、僕に顎で彼女の方に行ってやれと言った。  僕も谷山さんの席を離れられるではないか。 「あれ? 北原、あっちに行っちゃうの?」 「まあまあ、よいではありませんか。また始まって、少ししたら谷山課長のところに戻ってきてくれますよ」  日向野さんが代わりに谷山さんにフォローを入れて隣に座った。  谷山さんのことを課長と呼ぶのは、日向野さんぐらいだ。  課長なんて肩書はいらねえ!  谷山さんが課長に昇格したときそう言った。(みな)も谷山さんは谷山さんだとでも思ったのだろう。今も変わらず、皆、さん付けで呼ぶ。現に僕もだ。  後は日向野さんに任せて、中嶋さんの隣に座る。彼女の方を見ると顔の強張りが僅かにほぐれた気がした。
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