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ゾンビオブザ・デッド
頭がだるい。思考がにぶい。
目が泳ぐ。全身があつい。
俺、渡辺圭一は咄嗟に救急車を呼ぼうと携帯に手を伸ばしたが、電池が切れていた。財布を弄るが金はなかった。
なんでこんなにないのかも思い出せない。
今は何も考えたくない。
「うっぷ。二日酔いかあ?」
酒を飲んだ覚えはない。まだ19。ギリギリ未成年だ。
「た、タクシーだ。タクシーを」
止めようとしたが咄嗟に金がない事を思い出して、徒歩でノロノロと病院へ向かう。
道中酷い幻覚と幻聴に見舞われた。
「キャ、きゃああああ。何あれ!」
「も、もんすたあ?」
「やべえあいつ死にかけてんぞ! 早く助け……あ、でもクッサ」
「見ちゃダメ! お家に帰りましょう!」
たまに何人かにぶつかって転んだ。
ぶつかった人は最初は優しく手を差しのべてきて、次にこの世とは思えない悲鳴をあげて逃げていった。三人くらい。いやでも、
「ど、どうでもいい。水……いや薬、薬、薬」
薬を連呼して病院にむかう。
病院までの道のりは険しく過酷だった。
通行人たちは誰も俺を助けてくれようとはしなかった。
なかにはそんな子供もいたが、親が発狂して俺から遠ざけていた。
坂の多い道を登ったり降りたりしながら、何故か寺の横に立つ地元の中規模病院に辿り着く。
しかし俺も馬鹿じゃない。朦朧としながらも、これまでの異常に気づいていない訳じゃなかった。
直感だけで非常口から入り、ポケットから折り畳みの布バッグを取り出して、頭に被る。
見事な不審者の完成だ。
そして、ナース (と思わしき誰か)に何か言われるとサムズアップで受け答え。
全然大丈夫じゃねーけど、この場合は仕方ない。
そしてそのまま共用のトイレに引きこもった。
何時間経っただろうか。身体がより熱い。業火で焼かれているようだ。呼吸が浅い。視線が定まらず、思考は海を漂うもずくのようだ。
それでも一縷の光を目指す。
生きて帰りたい。
何となくそれだけが頭にあった。
夜。暗くなった。消灯時間だ。
俺はゆっくり動き出す。
警備員のライトは遥か50メートルくらい先まで肌で感じ取れる程に光だけは、はっきり視認できる。
人の動きも何故か50メートル先の人間の息遣いまでがわかる。
俺はやがて、そこに辿り着いた。時計は見えなかったが、なんとなく、深夜の2時くらいだとわかった。ナースステーションにたまたま人がいないのが音でわかった。
俺は大急ぎで薬を漁った。
何かないか。何でもいい。ステロイドでも抗生剤でも軟膏でも座薬でも、とにかくなんでもいいから、ありったけ口に放り込み噛み砕いて唾液で、飲み下す。
そして少しだけ視界が戻る。備え付けの時計をみるとまだ10分しか経っていない。
俺は急ぎナースステーションから出て見つからないように病院から抜け出した。
「やっちまった。やっちまった……」
これじゃただの泥棒と同じだ。
明日から大学生活が待っていたはずなのに、これから警察署に行かなければならない。
思うや俺は進行方向を一人暮らししてる自宅(アパート)からどこかのガードレール下に切り替えた。
気分は最悪だったが、薬の影響か身体の調子は少しずつ良くなっていた。でも思考は日増しに鈍くなり、四日目には自分が何をしているのか記憶になかった。
五日目からそれが徐々に楽になり、六日目で夢遊病みたいな状態からは抜け出し、落ちているゴミくらいなら拾って食えるようになった。
そして七日目で俺はようやく元の俺に戻った。
そしてその日、身繕いをしようと近所の公園に行ったら鏡を見て俺は思わず声を上げた。
「お前誰だ?」
青白い顔、血走った目、隆起した目蓋、死体のような肌色。荒れ放題の皮膚。今にも死にそうな、いや死んでるような、
「ゾンビ?」
それが俺が俺(ゾンビ)と出逢った始まりである。
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