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「ここは、言葉がわかる狐が来る場所なのだよ」
「やっぱり」わたしはほっとした。自分の勘が当たっていた、と思う。
「ふふん、おまえは相当賢いようだね。ますますいいことだ。こうやって話ができるってのは、お互いにとっていいことだよ」女狐は続ける。
女狐の身体は両親より大きくそして立派な銀色の毛並みをしていた。尻尾は顔が映るほどぴかぴかな床でさわさわと動き、まるで光る粉をまぶしているようであった。
肩から薄い布をかけていた立派な姿を、わたしは憧れの目でみていたのだろう。
女狐は口調が軽くなった。
「おまえの親御が莫迦だということじゃないよ。獣の足音だとか、地虫の這い回る音や、鷹の羽ばたきなんかは、お前のおかあのほうが。よく聞こえるだろうさ。わらわが云っているのは、心の中を聞くこと、なんだよ」
「心の中……?」
わたしは、今でもこのことはわからない。
心の中は言葉で聞けるのだろうか? だけど、あの頃の無邪気なわたしは心の中が聞けるという言葉を、ただ受け止めるしかなかった。
わたしが幼い頭を巡らせているうちに、その狐のまわりにかげろうのようなもやもやが立ち込め、深緑の唐衣を着た年増の人間の女に変化していた。
「わらわたちは聖狐に連なる一党である」
そのたてがみはすべて毛髪に変わり、顔は人間ののっべりとした顔になっている。目こそ、狐の名残はあるが、口はかなり小さくなり、うっすらと紅を引いた真面目な顔でわたしに向き合った。
わたしは驚いた。そんなわたしをからかう様に彼女は話し続ける。
「ここに修行に来るこぎつねは、いまでは年に三十を割るようになってしまった。栄華を誇っていた聖狐一族が、いま、ふたつの支流となった事もその原因のひとつだが……
もちろん、畏れ多くも東国の沙耶姫の御領国では、もっと多くの変化狐がいると思うがの。なにしろ、あちらが本家本元なったわけだし。本来なら天子様のおわす都であるこの西国こそ沙耶姫がいらっしゃるべき場所なのに」
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