ぷろろーぐ

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ぷろろーぐ

意識がじわりと溶けだして、すぐに形を成していく。 よし。 今日も成功だ。この感覚にも大分慣れてきたな。 まぁこの程度の事魔王である私にかかれば造作もない事。 内心ふんすと鼻息を荒くする。 何の飾りもないような質素な部屋に、大人が一人寝るのがやっとの小さなベッドに眠る青年。それを見守るチェストに置かれた人形()。 彼の頭には茶色い犬のような耳と少し小ぶりのお尻からはふさふさの尻尾が生えている。 彼はコボルトと人間のハーフで、名をレインといった。 レインはこの魔王城で私の従僕をしている。 従僕というのは主のおはようからおやすみまでいつも傍にいて身の回りの世話から仕事の補佐までと仕事内容は多岐にわたる。だから誰にでもできる仕事というわけではない。 エリートであり、魔王である私の従僕なのだからもう少し豪奢な部屋でも誰も文句なんか言わないのだが、本人が遠慮してこのような質素な部屋になっている。下級兵士ですらもう少しましな部屋に住んでいるというのに、まったく欲のない事だ。 部屋だけではなく持ち物もそうだ。使い古されたチェストに数枚の簡素な衣類があるだけで、この部屋の中で高価な物と言えば仕事着である支給されたスーツくらいだ。 見るに見かねて私がプレゼントしようとした事があったが、何も受け取ってはもらえなかった。ただの花一輪さえも。 なぜこんなにもレインが頑なかというと、レインは自分がコボルトと人間のハーフという事を気にしているようだ。 この城で働き始めた頃とは違いレインの有能さはこの城に働く者全員が認めている。なのに本人だけが認めていないのだ。 私も宰相がレインを新しい従僕にと連れて来た時は、前任者のようにしつこく身体に触れてきたり私生活にまで口を出してこなければ何でもいいと思っていた。勿論仕事の方も少しはできた方がいいのだが…。今回も前任者みたいなのが来たら従僕など置かず多少忙しくても一人で頑張ろうと考えていた。 だが、すぐにそんな不安も杞憂だったと分かる。 初日のうちにレインの有能さに感心させられた。何事にも動じず知識も幅広くクールに仕事をやり遂げる。そして私に対して一定の距離を保つ。ここ大事。 レインは全てが期待していた以上だった。 ただ、彼は真面目さ故かかなり辛辣だった。少しでもさぼっていようもんなら容赦なく叱責されたし、誰かがレインにちょっかいをかけようとした時などは毛虫を見るような目で見ていた。 それが魔王である私も例外ではないのだから少しだけむっとした事もあった。 だけど私は見てしまったんだ。レインが用事で席を外した隙に気分転換しようと中庭を歩いていた時、彼が野良猫に笑いかけ撫でていたのだ。 天使のような微笑みだった。魔族に天使というのはおかしな話だが、レインの笑顔は天使のように清らかで愛らしいのだからしょうがない。 それを見た瞬間私のハートは射抜かれてしまった。 何!?あの可愛い生き物! 勿論猫ではなくレインが、である。 それからというもの夜自室で一人、レインの可愛さを思い出し悶え苦しむ日々。 今はあの毛虫を見るような目ですら可愛いと思うほどだ。 はぁ……可愛くてたまらない。抱きしめて自分のモノにしてしまいたい。 レインの事だ、私が正面から「好きだ」と伝えてみても渋面を作り「は?」と相手にもしてくれないだろう。 まぁそれはそれで……可愛いのだが―――。 その場面を思い浮かべニヤニヤとして鼻の下を伸ばしていると、宰相が呆れたようにため息を吐いた。 宰相は私が小さい頃からから知っているので誰よりも私の事を知っている。 だから私の様子からレインへの気持ちを察したのだろう。 だが構うものか。誰にバレても私の気持ちは変わらない。 問題はこのまま悶々としている間に私の可愛いレインを誰かにかっさわれてしまうかもしれないという事だ。そうなってしまう前になんとしてでもレインとの仲を進展させなくてはいけない。 現状ではレインの私に対する気持ちも分からないし、私の気持ちをレインに分かってもらうには――はてさて……どうしたものか。 ちらりと視線をレインに向けるがレインはこちらを気にする事なく手際よく必要な書類をまとめている。 私はこっそりとため息を吐いた。
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