第一章

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 リュウはわざと、大きな溜め息をついてレイを無視した。  気を取り直してランディに話しかける。レイの相棒なんだから少しくらい愛想よくしなくちゃと思ったのだ。 「ランディ、座って。レイを構ってるといつまでたっても俺のお祝い、始められそうにないから」  ランディがリュウの目の前に座り、持ってきたワインのコルクを抜く。  そして、グラスに赤い液体を注いで、無造作にリュウに手渡した。 「ランディ! リュウにはまだ酒を飲ませてないよ」と咎めるようなレイの声。  レイのグラスにも同じようにワインを注ぎながらランディは、 「何言ってる。18歳だろ、もう立派なおとなだよ。それなりに扱ってやれよ」  文句を吐きそうなレイを制して言葉を続ける。 「あんた、18歳の時、何してた?」  唐突な問いに、レイが口ごもった。 「……っ、宇宙船に乗ってた」 「なっ、あんたは一人前に働いてた。酒も飲んでたはずだ」  レイは、どう応えようかと悩んでいるようにみえた。 「酒は飲んでた。でも、俺はそのときもう、キャプテンだったんだ…」 「へ、何のキャプテンだ。スクールのクラブのか?」  まさか、18歳で宇宙船の船長はないよなと続いた言葉に、ランディの手からワインを取り上げた。ランディのグラスに注ぐと、レイは、リュウへと視線を移した。 「お祝いだし、今日は特別だよ。リュウ、おめでとう」 「おめでとう」  三人のグラスが合わさり、カチンと小さな音を立てた。 「ありがとう。ランディ、遠慮なく食べて」 「ああ、うまそうだな。これ、リュウが作ったのか?」 「もちろん! レイに任せておいたら、おいしいものなんて食えやしないから、料理は俺の担当。冷めちゃったけどね」  ちろっとレイを見ながらリュウが当てこすりを言ったのに、レイは育て方がいいだろっと笑っていた。 「で、後は何を担当してる?」 「家のことは、だいたい全部かな。レイは不器用だから…」 「ふ~ん、やっぱり不器用なのか。なあ、レイ。二人を並べてみると、リュウが保護者のように見えるぜ」 「そうだろっ」  俺もそのつもりだとリュウが胸を張った。 「それなのに、酒も許してもらえないってか」 「酒も、タバコも、ドラッグも…! 18歳の男には、厳しすぎるだろっ」 「おまえってなんて純粋培養なんだ。いやなら反抗すればいいだろうに。その歳になって兄貴の言いつけを守ってるなんて変だぞ。それとも、やさしそうな顔してるけど、レイって躾には厳しいのか。逆らうと殴られたりとか? 見かけによらずレイは強いからな」  ランディの言葉にレイはひらひら手を振って、そんなことしないよ、と否定している。 「殴られるくらいかまわないけど、『俺と一緒にいたいなら言うことをきこうね』って小さいときから言い聞かされてきたんだ。レイって、冷たいとこあるだろ。逆らうとポイッと捨てられそうで恐くてさ」  冗談めかしはしたが、リュウの本音である。  酒なら謝れば許してもらえるかもしれないけれど、ドラッグなんてのがバレたら、出てけって追い出されて…、いや、じゃあねってレイの方が出て行くだろうか、どっちにしてもそれっきりの気がするのだ。  たった一人の大切な人がいなくなるのは、リュウには耐えられないことだった。 「そうか。それじゃあ、訓練センターで頑張って、早く独立するんだな。そうすれば、好きな時に酒飲んで、タバコ吸って、ラリって…、まあ手を出すと恐いドラッグもあるけどな。しっかし、リュウがいなくなったら困るのは誰だ。レイは生活能力ゼロだろ?」 「そうなんだ」  だが、レイが望めば、どんな女の人だって面倒を見てくれるとリュウは思う。 ──レイはやさしくて、不器用で。そのくせ、誰よりも頼りがいがある。   リュウはそんなレイが好きだから。一緒にいるためなら酒やタバコを我慢するくらいたいしたことないと思っていた。   スクールで誘われた時も、きっぱりと断ったのだ。友だちには付き合いの悪いやつだと思われているかもしれないが── 「おっ、いいこと思いついたぞ」  ランディが、ぱっと顔を輝かせた。 「ええっ! ランディのいいことは、ろくなことがないからね。聞きたくないよ」  レイは耳をふさぐふりをしてぼやいた。 「なあ、レイ。今日はリュウのお祝いだろ。俺はプレゼントを持ってこなかったから、こういうのはどうだ」 「なに? 俺にお祝いしてくれるのか」 「おおっ。今交渉するから、楽しみに待ってろ」 「いや~な予感。ランディなんて、呼ばなきゃ良かった」 「さすがにいい勘してるじゃないか。リュウはもう18歳だし、あんたもその歳には酒を飲んでたんだろ。訓練センターに入ったらそれなりの付き合いもあるだろうし…、なっ、この際、俺からのプレゼントがわりに、リュウのお酒解禁と行こう」 「やった!」  リュウの声にかぶって、レイは大きく溜め息を吐いた。 「あ~あ、やっぱり。この星系の酒ってドラッグよりタチ悪いから禁じてたのに…。それに、リュウはこれまで、酒を飲みたいなんて言ったことないよ…」 「そうか? 見てみろよ、嬉しそうじゃないか」 「飲みに行かないかって、友だちに誘われてたよ。レイがダメだって言うから断ってたんだ。俺も苦労してたってこと」 「ん~、付き合いかぁ。仕方ないなあ。ランディからのプレゼントだし、リュウに責められたら、認めないわけにいかないね。そのかわり、きっちり危ない酒を覚えてもらうよ。危ないドラッグもね」  ほんとうに面倒を作ってくれるとレイがランディを睨んだ。 「失敗してからより、先に教えておいてやる方がいいだろ?」  それもそうだとレイがうなずく。すっぱり気持ちを切り替えたようだ。レイは瞬間切換スイッチを持っているように、パッと頭を切り換えられる。 「そうだね。ん~と、家にある酒は大丈夫だから、飲むんなら見たことがある酒にすること。飲み過ぎには気を付けるんだよ。それと、暇を見つけて酒場へ連れてかなくっちゃね。入る店を間違えるととんでもないことになる…」  過保護ぶりにあきれかえったランディである。 「ほっといても大丈夫だ。飲みに行くときは、どうせ仲間と一緒だろ」 「だめだよ。俺だって、死ぬかと思ったことが、何度もあるんだから」 「あんた、どんな危ない店に出入りしてたんだ?」 「仲間が出入りするとこならどこでも行ったよ。立場上、顔を出さなきゃいけないこともあるだろっ」 「どんな仲間だ? 立場って?」 「そりゃあ、俺はランディみたいに育ちがよくないからね。いろいろだよ!」  レイの言葉が尖ってきた。もうすぐ切れそうだ。喧嘩になるのはまずいから、このあたりでとリュウが提案する。 「しばらくは、レイと一緒の時にしか飲まないよ」  それならいいだろって尋ねたリュウに、レイは、いい子だねと頭をぐしゃぐしゃっとなで回す。  まるっきりの子ども扱いでに、ランディは見てられないやとワインをあおった。
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