第一章

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「レイのお酒は嗜むっていう感じで、いい雰囲気なんだ。俺もあんな風に飲めるようになるといいな」  ランディは目をぱちくりさせた。 「あんたなあ、リュウにいい顔ばっか見せてるのか! リュウ、おまえ騙されてるぞ。レイは外で飲んだら底なしだし、危険なんだぜ」 「ほんとに?」 「たとえばバーのカウンターに座るとするだろ。当然、女も男も寄ってくるわな」 「そうなのか?」 「この美貌だぜ。笑みを見せて誘えば断るやつがいると思うか。どんな美女でもより取りみどりってやつ」 「リュウに変なこと吹き込まないでくれる」  文句を言うレイを、ランディは無視した。 「でもな、店にいるいい女をぜ~んぶレイに取られたら…、面白くないってやつがいるのはわかるよな」  リュウの頭にその場の光景が浮かんだ。小さくうなずく。 「それに。機嫌のいい時はいいが…、機嫌の悪い時に誰かがレイに文句でも言ってみろ、ビビビッて、目から冷凍ビームが発射される。恐くて誰もレイに近づけやしないぜ。下手に近づいたら凍死させられるな、きっと。  酒を飲んだときのレイは危険動物だ。できるもんなら檻に閉じ込めたいくらいだよ。それに、もっと機嫌が悪くて、ナイフに手が伸びでもしたら…、俺でも止めきれない。半径10メートルは離れてないととちばっちりを食う。  レイのせいで俺たち、いくつのバーでお出入り禁止になったか知ってるか? こないだ惑星ノックスへ行ったときなんか…」 「ランディ!」  レイが鋭い口調でランディの口を封じた。 「俺がそんなことすると思う? 信じちゃダメだよ、リュウ」  首をかしげてレイが訴える。美しくてやさしげな顔を見ているとまさかとは思うが、ランディの言葉があまりによどみなく出てくるんで、本当かもとリュウは疑った。 「リュウは俺よりランディを信じるんだ。いいよ、二人で仲良くすれば!」  拗ねたような声を出したレイが、ワイングラスを置いて立ち上がる。都合悪くなって逃げるんだろう、とランディは揶揄したが、リュウの口からは情けない声がもれた。 「あっ、レイ。どこへいくの?」 「どこにも行かない。ここは酒場じゃなくて俺の家だからね。シャワーを浴びてくるだけだよ」  にっこりと笑ったレイを見て、リュウはほっとして座り直した。テーブルの上を見ると、もう料理はあらかた食べ終わっていた。 「リビングに行かない? あっちの方がのんびりできるから」  リビングにはロータイプのソファにたっぷりのクッションが置いてあった。  レイはソファでごろごろしながら音楽を聴くのが好きなのだ。そしてリュウは、くつろぐレイの近くに座って、話しかける。しゃべるのはほとんどリュウで、レイはいつも、にっこり笑って聞いているだけであるが…。  今夜はランディがレイお気に入りのソファにどっかり座り込んだ。手には、レイのコレクションから選んだコニャック。リュウはいつもの定位置ではなく、ランディの向かいのソファにもたれかかった。 「よく話を聞かされてたけど、レイはおまえのことほんとに可愛いがってるよな。俺なんか弟とは喧嘩ばっかだった…、歳が近かったせいもあるけどな。守ってやろうなんて、これっぽっちも思わなかったぜ。しかし、まあ。こんだけなつかれてたら、母性本能くすぐられるよな」  からかうような調子で言ったと思うと、ランディは急に真顔になった。  レイのいない今しか言えないからな、と声を潜める。 「あいつはおまえを育てるために、危険な仕事でも何でもやってきた。傭兵なんて似合わないこともな。それだけおまえを大切に思ってるってことはわかってやれ」  リュウは真顔でうなずいた。表情をやわらげたランディが言葉を続ける。 「レイは何をやらせても超一流だ。それは一緒の宇宙船に乗ってる俺がいちばん身にしみてる。それに若いから、今からでも何だってできると思うんだ。あいつは、クーリエなんかやらしておくにはもったいない男だよ。  まあ俺は、レイと一緒でなかったら、こんな風に酒なんか飲んでられなかったかもしれないけどな」  傭兵時代から、死にそうなとこを何度もレイに助けられたよ。  そのさらりとした台詞が、レイの仕事は危険なのだと語っていた。 「今日だってな」とランディが声を潜める。「簡単な仕事だと思ってたら、お客さんがいらしてな」 「お客さんって?」 「誰かは知らんが、届け物を邪魔したがったやつ。結構、リキ入ってた。宇宙船、四隻に囲まれたからな」 「……、敵に囲まれた!」 「ああ」  ランディがこともなげに応えた。 「ブツは今日中に届ければよかったから、いつもなら小惑星帯の渦の中で敵と追いかけっこでもするところだ。あそこは操船技術がいるから、いくら最新式の宇宙船に乗ってたって、レイを捕まえられるやつなんていやしない。適当なところでまいちまえばいいんだ。  なのに今日は、おまえが待ってるから早く帰りたいなんて言い出しやがって…。相手になるから、推進装置を片方いかれちまって、結局、手間取った」 「それって、砲を打ち込まれたってことか」 「……。レイの腕だから、砲を打たれたって、当たったためしはないって」 「でも、今日は当たったんだ!」 「相手のラッキーヒットってやつだ」  「平気な顔で、よく言うよっ。ひとつ間違ったら宇宙船ごとふっ飛ばされてるじゃないか」  リュウは頭がくらくらしてきて、つい、わめいてしまっていた。 「どうってことない、腕が違う。レイのような船乗りはめったにいないぜ。たまたまかすっただけだ」 「……」 「レイの受けてくる仕事はギャラが高い分、トラブルも多くてね。しっかし、かすっただけで推進装置がいかれるなんてツイてなかったよ」 「……」  リュウはランディの顔を呆然として見上げる。 ──いやだ! いくら腕が違うと言っても、そんなの死と隣り合わせだろっ。レイが死ぬなんて、そんなこと考えられない──  リュウの真っ青な顔を見て、驚いたランディがフォローする。 「そんな顔、すんなよ。大丈夫だって、俺の命もかかってるんだ。無茶はさせない。俺が恐いのはな、レイがおまえのためだったら、どんな危ないことでもするってことだけだ。  だからおまえが早く一人前になって、宇宙軍の士官になってくれたらいいと思うぜ。レイが無茶をする理由がなくなる。それに、違法行為をして弟に追われるなんてみっともない真似は、レイもしたくないだろうし、なっ」  言い聞かせるようなランディの口調。 「俺は宇宙軍に入りたいわけじゃなくて、レイと一緒にクーリエをやりたいんだ。今の俺じゃクリスタル号には乗せてやらないと言われたから、力をつけるために士官訓練センターに入っただけ」 「そうなのか? レイはリュウが宇宙軍に入るってものすごく喜んでたけどな。おまえのことを大切にしてるから、クーリエなんて危険な仕事をやらせるわけはないと俺は思うぞ」 「やっぱり。クーリエって危ない仕事なんだ。レイは預かりものを届けるだけでたいした仕事じゃないなんて言ってたけど…」  それなら余計に、俺も一緒にいたいとリュウは思った。 「俺はいつかレイの宇宙船に乗る。レイと一緒に働くんだ!」  レイの声が聞こえるところで、レイの笑顔が見えるところで。そして、レイを守れるところでという台詞を、心の中でだけ付け足した。 「おいおい、レイだけでなく、おまえも相当なブラコンだな。ど~しようもねーや」  リュウは、ほんとうのことだけに、苦笑するしかなかった。
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