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「しかたないさ。みゆきは遠いんだから。こうやって来てくれただけでも助かったよ」
兄が緑茶をすする。
わたしもつられるようにしてマグカップを手に取った。
「これ、よく残ってたね」
「捨てるのが下手だっただろう、母さんは」
「なるほど」
わたしたち兄妹は、今、病気で他界した母の遺品整理をしていた。
田舎の木造アパート、一階角部屋。賃貸とはいえ物心ついたときから暮らしてきた実家だ。
母の入院中は兄嫁が掃除をしに来ていたおかげか、人間の生きていた空気感が残っている。
緑茶よりもしっかりと鼻に届くのは、古びた木造のにおい。
どこかかびているんじゃないかという、湿ったにおい。これは古い記憶とまったく変わらない、実家のものだ。
ただ、まだ母が生きていそうな空気は、かえって違和感を引き起こしていたけれど。
「あ、そうだ。みゆきにあげるつもりのものを忘れていた」
よっこいしょ。声を出して兄が立ち上がる。
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