悪役令嬢の母

6/6
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「どうやら、思い出しまして?」  アンナの相変わらず柔らかな声で、意識が現実に回帰する。  そう、わたくしとルーエは、王族主催の宴の翌日、突然捕まったのだ。  王太子殿下を誑かそうとした魔女『達』として。  常日頃から、ルーエが部屋に籠って薬草の研究なぞをしていた事で、「ルーエが悪しき薬を王太子殿下に盛ろうとした」というアンナの言い分はすんなり通った。  しかし一体どういう事か。わたくしが今見た光景では、アンナとルーエの立場は、わたくしの記憶とまるで正反対ではないか。 「私は一度死んだ後、神の慈悲によって、赤ん坊から『やり直した』のですわ」  引っ込み思案だった頃が嘘のような、華美さを備えた姿で、アンナは笑っていた。 「宣言した通り、『貴女方』に復讐をする為に」  アンナの話はにわかに信じがたいが、わたくしが見たものを白昼夢と切り捨てるには、あまりにも生々しい。  アンナはわたくしとルーエを陥れる為に、時間を逆戻りし、ルーエの行動をなぞって、真反対に「成り代わって」いたというのか。 「アンナ!!」  ルーエが目を見開いて、双子の姉の名を叫ぶ。 「助けて! 助けてよ! 私達、一緒に生まれた姉妹でしょう!?」  それを聞いたアンナの碧眼が、すっと氷点下に凍った。静かに妹の前に膝をつき、顔を近づけて、「ルーエ」と慈愛に満ちた笑みで呼びかける。 「同じ事を貴女に言った私に、貴女が放った言葉を、そっくりそのまま返すわ」  途端、その形相が、悪鬼のごとく変わって、アンナは舌を出した。 「ざまあみろ! 私はずっとあんたが大嫌いだったのよ!!」  ルーエの表情が絶望に固まった。その後はもう、言葉にならない悲鳴が迸るばかり。  アンナはそれきり妹には興味を失った様子で、もう一度わたくしの前に立った。  嗚呼、これは母であるわたくしの罪だ。今ならはっきりわかる。  自分を持ち上げる甘い言葉ばかり受け入れてちやほやして、不器用な精一杯の愛情を突き放した。これはその報いだ。 「ごめんなさい」  力無く項垂れて、それだけを何とか紡ぎ出す。 「……お母様。大好きだったわ、本当よ。でも、それ以上に許せなかった。それだけ」  悪役令嬢になった娘が、どんな表情をしているか。何とか最期に見届けようと視線を上げるより早く。  ギロチンが降って、わたくしの世界は永遠の闇に閉ざされた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!