悪役令嬢の母

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「お母様」  ある日の夜中。  ルーエが寝間着にショールを羽織った姿で、わたくしの部屋を訪れた。どうにも思い詰めた様子なので、さっと招き入れ、扉を閉めて鍵をかける。  椅子を勧めれば、ルーエはいつもは明朗な表情を翳らせ、ふるふると唇を震わせていたのだが、突然両手で顔を覆って、わっと泣き出した。 「お母様。私、王太子殿下に恋をしてしまったの!」  いきなりの告白に、しかしわたくしは驚かなかった。  先日開かれた、王族主催の宴にて出会った王太子殿下は、噂通りの美丈夫だった。どんな女性でも虜になるだろう美貌と、指先まで丁寧な所作。それでいて、地位にも外見にも驕る事の無い、淑女への気遣い。惚れるな、という方が無理だ。 「ねえ、お母様。どうしてアンナが殿下の婚約者なの!? 姉の婚約者だというだけで、私は好きな相手を諦めなくてはいけないの!? そんなの酷い!」  ルーエは涙の粒を飛ばしながら、わあわあと泣きじゃくる。  だが、これはわたくしにとっては僥倖だった。ルーエ自身が殿下を好いているならば、後は。  邪魔者を消すだけだ。 「大丈夫よ、ルーエ。わたくしが世界で一番愛する娘」  娘の肩を両腕で包み込み、わたくしはその耳元でささめいた。 「お母様に任せなさい」  次の日、アンナは断頭台に上った。  王太子殿下を誑かそうとした魔女として。  常日頃から、部屋に籠って薬草の研究なぞをしていた事で、「アンナが悪しき薬を王太子殿下に盛ろうとした」というこちらの言い分はすんなり通った。 「許さない!!」  魔女を殺せと罵声が飛び交う中、罪人はわたくしとルーエだけを視界に移し、呪詛を吐いた。 「私は絶対に生き返って、お前達に復讐してやる!」  所詮死にゆく負け犬の遠吠え。わたくしとルーエは特等席で薔薇の紅茶を嗜みながら、笑みを浮かべて、刃が落ちるのを見ていた。  はずなのに。
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