56人が本棚に入れています
本棚に追加
5. なぜ、古新聞が、あった?
ぼくが高校生、もう貧しさを意識しなくなった頃のこと。
年末、5人家族、総出で、大掃除。
父が、手作りの『 焼却缶 』を試すため、古新聞を燃やそうとした。
が、母が、止めに入った。
『 やはり 』と、顔を見合わす子どもたち。
何でも、捨てない・燃やさない、が母の方針。
それで、常に、古新聞・ポリ袋・紙袋・包装紙等々が、家に、山積み。
それでなくても、恐ろしく狭い家なのだが。
が、こうした場面では、父は、母に絶対に逆らえない。
あの『 ラジオ事件 』の、二の舞になりかねないから。
そこで、ぼくが、割って入った。
「 ケチケチすることないよ、新聞は、毎日来るんだから。
燃やしでもしないと、もう、置き場所がなくなるよ。 」
と、強引に、古新聞一束を、焼却缶に、たたきこんだ。
姉と兄も、その場にいたが、ぼくを止めなかった。
母は、黙って、家に入ってしまった。
母が、なぜ、古新聞を大事にするのか。
その理由を、子どもたちは、数年前に、聞かされていた。
父が療養中だった頃、学校に、古新聞を持っていくことがよくあった。
美術や書道の授業の際、机が汚れないよう、古新聞を敷くために。
ぼくが小学校の時は、古新聞を忘れた者は、廊下に立たされたりした。
「 明日、古新聞がいるよ 」
そう、ぼくが言うと、母は、必ず、翌朝までに、用意してくれた。
「 お金がなくて、ウチでは、新聞は、とってなかったよね。
だったら、なんで、ウチに、古新聞があったんね?」
と、母は、子どもたちに、問うたことがあった。
ぼくは、そんなこと、考えたこともなかった。
古新聞など、どこからでも、わいて出そうな、気がしてたので。
が、古新聞が必要な時、母は、
「 すいませんが、古新聞をわけていただけませんか 」
そう、頭を下げて、近所を、回っていたのだ。
「 確かに、日本は、豊かな国になった。
でもまだ、新聞をとれず、古新聞がない家が、あるはず。
まだ、頭を下げて回っている母親が、いるに違いない。
それを思うと、わたしは、古新聞を燃やす気になれない 」
そう、母は、子どもたちに、語ったのだった。
『 それを、わかっていて、オマエは、なぜ古新聞を燃やした? 』
そう、聞きたくなるかも、しれない。
『 もう、過去のことは忘れ、気楽に生きてほしい !』
そんな気持ちが、ぼくの胸に、こみ上げてきたのだ。
もう、さほど、お金には、困っていない。
すべての苦労は、もう、過去のことなのだ。
なぜ、いつまでも、引きずって生きるのか 。
過去の苦労は、過去だけで、たくさんではないのか?
もちろん、古新聞を燃やしても、何も変わりは、しない。
そうすることで、過去の苦労と決別できるわけでは、ない。
それは、確かに、そうなのだが ……
長年保存した、湿気のためだろうか?
古新聞は、なかなか、燃えなかった。
いつまでも、いつまでも、薄黒い煙を出し続けた。
( 6. 「 美しい人 」も禁句 ? に続く)
最初のコメントを投稿しよう!