しげしの道 B.化け物屋敷の住人達

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 6. 「 美しい人 」も、禁句 ?  同じく、ぼくが、高校の頃の出来事。  ぼくは、家で、テレビを見ていた。  母は、同じ部屋で、縫い物か何かをしていたと思う。  「 とても美しい人 」   と、歌番組の司会者が、次の出演者を紹介した。  「 美しい人か、なんか、もったいないね、人に、美しいという言葉は 」  と、母が、つぶやいた。  ぼくは、ドキッとした。  司会者は、単に女性の容姿について、コメントしただけ。  当然、それは、母も、わかっていたはずなのだが ……。  ぼくが、小学生、父がまだ療養中だった頃のこと。  ぼくは、風邪で学校を休み、一人で寝ていた。  母は、出かける前、かなり心配した。  が、「だいじょうぶ」とのぼくの言葉を受け、仕事に出かけたのだ。  ( 今思えば、短期のパート採用、有給休暇は、とれなかったのだろう )  玄関の戸を、乱暴に、しつこく、叩く音がした。  あまりのうるささに、目がさめた。  しばらく、無視していたが、帰りそうにない。  仕方なく、起きて、戸を開けた。  水道料金の集金人だった。 (当時も、口座振替等の納入方法は、あったと思うが、利用してなかった)  「 今、お母ちゃんは、仕事でいません 」  と、いつものセリフを言った。  実は、仮に家にいても、そう言うよう教えられていた。  「 ふーん、そう !?」  その集金人は、ことさら大声で、怒鳴るように言った。  さらに、膝から上がり込み、奥の方を、のぞき込みだした。  「 ドロボー、ドロボー!」  ぼくは、叫んだ。  これも、あがろうとしたらそうしろとの、母の教えに従ったのだ。  男は、ぼくを、突き飛ばし、  「 チエッ、親が親なら子も子だ !」  そう、捨てゼリフを残し、去っていった。  もちろん、水道料金をなかなか払わないこちらが、まちがいなく悪い。  「 これも仕事、命令されて、しかたなくやっている! 」  そう、彼は言うかもしれない。  が、当時は、民間委託でなく、市の水道局の職員が集金していたはず。  あの集金人も、営利企業の社員ではなく、公務員だったはずである。  本当に、あんなことまでして、集金する必要が、あったのだろうか?  『 普通の人には、多かれ少なかれ、同情心がある。  だから、貧しい者には、同情心から、多少は優しく接するだろう 。』  そう思ってる人も、多いかも知れない。  が、ぼくの体験では、全く逆。  『 化け物屋敷 』に住む、というだけで、最初から、虫けら扱い。  そんな人のほうが、圧倒的に多かったのだ。  集金人等が、なかなか金を払わないぼくらに、反感を抱くのはわかる。  が、何の迷惑もかけてないはずの人まで、酷い態度なのが普通だった。  母は、子どもにだけは、惨めな思いをさせたくなかったのだろう。  こどもたちが学校に払うお金は、最優先で用意してくれていた。  その分、集金人たちから逃げ回ることも、多くなったのだと思う。    あの集金人は、まだ小学生だった、ぼくにすら、あんな態度。  大人の母は、どんな仕打ちを、受けたことだろう。  だが、母は、ぼくと違い、そんな人たちの批判は、全くしなかった。  貧しかった時代も、経済的に問題なくなってからも。  テレビのニュースに登場する、首相等の政治家に対してすらも、  「あの人たちはあの人たちで、いろいろ苦労が多いに違いないよ」  常に、そんなことを言っていたのを、おぼえている。  この『 美しい人事件 』の、少し前のことだったと思う。  『 化け物屋敷改築法案 』が、家族会議の議題にあがった。  当時のぼくには、まだ、食事・こづかい等の改善の方が切実。  「 見栄をはって、外見をつくろったって無意味 」  などと言って、反対した。  が、母は、意外な強硬さで、改築を主張。  「 隣近所の、みなさんに申し訳ない。  ウチがあるため、この辺が、他より低く見られている。」  確かに、ぼくの家は『 町内の恥 』呼ばわりされていた。  そう言いあっているのを、直接、聞いたことすらあった。  そんなヤツらに対し、母は『 申し訳ない 』と …… 。  その、母がである。  「 美しいという言葉は、人にはもったいない 」  そう、言ったのだ。  結局、母の真意を、ぼくは、聞くことができなかった。  ( 7. 母がおかしい に続く )
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