父親はATM

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父が家からいなくなった翌日のこと。 私は母が連れてきた男性を見て頭の中にいくつも疑問符が浮かんだ。 「こんにちは。 初めまして、佐々木と言います」 スーツをばっちりと着込み清潔感が全身から溢れている。 爽やかな笑顔に営業スマイルかと思ったが、母はその男性の腕に自分の腕を絡めていた。  セールスだとかそういう感じではなく、自然と家に上がっていった。 「大丈夫だからね」 母がそう言って二人リビングへと入っていくのを、時間がゆっくりと進む中で見送った。 ―――大丈夫って、何が・・・? ―――あんな楽しそうに笑うお母さんは久しぶりに見た気がする。 ―――きっと、ずっと前から不倫をしていたんだ。 ―――お父さんのことを嫌っている私なら、受け入れてくれると思った? ―――・・・そんなはずないじゃん。 顔付きもハンサムでスタイルもいい。 しょぼくれた父に比べて男性としての魅力は比べものにならないだろう。 「君が娘の夏未さんだね? これからよろしくね」 ―――・・・これからって何だよ。 その言葉通りなのか、その日から母は頻繁に佐々木を家に連れ込むようになった。 夏未は佐々木の舐るような視線が嫌っていたはずの父の視線よりも嫌だった。  来る度に髪を撫でようとするのも不快だった。 「・・・嫌」 毎回、撫でられる直前に夏未は一歩下がった。 佐々木は親子の証としてのスキンシップとでも思っているのか、残念そうにしていた。 「ごめんね。 急に怖かったかな?」 「・・・」 「あ、こら! 夏未!!」 その場にいるのが嫌になりリビングへと駆け込んだ。 テレビゲームをしている弟に言う。 「アンタはあんな知らない人が来て嫌じゃないの!?」 「別に。 どうでもいいよ」 弟はあまり気にしていないようだった。 だが女の夏未はとにかく家にいるのが嫌になった。 「夏未。 ちゃんと挨拶をしなさい」 母が佐々木を連れてリビングへとやってきた。 どうして挨拶を要求されるのだろう。 どこの誰かも知らないというのに。 「夏未!」 夏未は二階の自分の部屋へと逃げるように駆け込んだ。 いつか佐々木の手が自分に伸びるのかもしれないと思うだけで、同じ空気を吸うのも嫌になっていた。 ―――・・・お母さんなんて嫌いだ。 同時に母も嫌いになった。 当たり前だがそんな男を家に連れ込む母がひたすら気持ち悪く思えたのだ。 そして恐れていたことが起こってしまった。  ある暑い日の夜、夏未が飲み物を飲みにリビングへと下りた時のことだ。 「・・・あれ、お母さん?」 いつもいるはずの母がいない。 不思議に思いリビングを見渡していると背後から声がかかった。 「お母さんは今、買い物に出ているよ」 「ッ・・・」 咄嗟に振り返ると、そこには佐々木が一人立っていた。 「どうしてここに・・・」 「あれ、今朝からいたんだけど気付いていなかった?」 夏未は家の居場所がなくなりずっと自分の部屋にこもっていることが多くなっていた。 佐々木は少しずつ近付いてくる。 「止めて、来ないで・・・」 「そんなに怯えないでよ」 「嫌・・・ッ!」 母が外出中というのを機に夏未はヘドロのような手で肩を掴まれ押し倒されたのだ。 弟は遊び歩いているのか家には夏未と佐々木の二人しかいない。 「拒絶されると燃えるタイプなんだよ。 静かにしているんだな」 「誰か、助けて・・・!」 人が人を嫌うということは実際にどうかということより精神的なものが強いと思う。 佐々木の見た目は確かにイケメンであるのにその時はイケメンにはまるで見えないのだ。  ただただひたすら気持ちの悪い何かにしか見えなかった。 ―ガチャリ。 「ただいまー」 絶体絶命だった時、玄関から母の陽気な声が聞こえてきた。 「・・・もう帰ってきちゃったか。 時間切れだね」 「・・・」 「君も本当は残念に思っているんだろう? またの機会に一緒に楽しもうね」 佐々木は夏未の頬を撫でると母を迎えにいった。 嫌悪感よりも恐怖で身体が震えていた。 母が帰ってきたことで助かったのは事実だが、元はと言えば母が佐々木を連れ込んだことが原因だ。  「待たせちゃってごめんね。 さぁ、行きましょう」 母が何を買ってきたのかは分からない。 だがリビングへ寄ることなく佐々木と共に寝室へと消えていくのを見て、もうここに自分の居場所はないと確信していた。
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