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『今までごめんなさい。 お父さんに、会えないかな・・・?』
結局振り込まれたお金には手を付けず、夏未は父にそうお願いした。 母のいる家に戻る気はないし、他で寝泊まりしたところでいずれはお金も尽きてしまう。
それに何となくだが父のくれた温もりを目減りさせたくなかった。
『分かった。 迎えにいく』
父は夏未の事情を一切知らない。 なのに一瞬の迷いすら見せずにそう言った。
待ち合わせの場所は夏未の身の安全を考え、近くのコンビニで、赴任先からだとかなり時間がかかるのではと思ったが、何故か十五分もしないうちに夏未の目の前には父が立っていた。
「・・・夏未」
久しぶりに呼ばれた名前に胸が温かくなった。 相変わらずしょぼくれている感じだが、以前よりも頼もしく思える。
「お父さん、どうしてこんなに早く来れたの?」
「・・・すぐそこのホテルに泊まっているから」
「え?」
どうやら単身赴任で遠くへ行くという話は嘘だったようだ。
「なら、どうして家を出ていったの・・・?」
「お母さんの不倫に気付いていたからだよ」
「ッ・・・」
父は母の不倫の決定的な証拠を掴むために偽装単身赴任を計画したと話してくれた。 だがこれ程早く尻尾を出すとは思ってはいなかったらしい。
ホテルの滞在期間はまだ一週間程残っていて、部屋を二人用に変えてくれた。 父は家庭を顧みず仕事ばかりに生きていたことを後悔していた。
家族の絆はいつしか離れ、父も家に自分の居場所を失っていった。 だがそれは自業自得だったと謝っていた。
本当はもっと何かできたのではないかと悔やんでいたようだが、夏未や弟がどう考えているのかが怖かったと話してくれた。
「ごめんな。 大切な娘と息子を置いてきたりして。 どうするのが正解なのか分からなかったんだ」
夏未も父を責める資格はないと思っていた。 実際夏未自身も父を避けていたのだから。
「私、もうあの家にいたくない。 だからお父さんとずっと一緒にいてもいい?」
そう言った瞬間、生まれて初めて父の泣き顔を見ることになった。 最低な家庭を一人で支え、まるで粗大ゴミのような扱いを受けても、泣き言一つ言っていなかったのに、声も出さずにひたすら泣いていた。
どれだけ我慢していたのかが分かり、夏未もつられるように泣いていた。 傍から見れば酷い光景だったと思う。 だがその時は恥も外聞も気にすることもなく、ただ二人で泣いていた。
「ありがとう」
その言葉をどちらが言ったのか今はもう憶えていない。 互いに言っていたのかもしれない。 ただその言葉を境に新しい人生が始まったのだと夏未は今でも思っている。
-END-
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