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「昌樹がどう思おうと、私にとってのお母さんは、今も昔も変わらないから」
私はそう言って、水槽の中からこちらを見つめる母を見た。
どこにでもいるような、至って普通の朱色の魚体。ピンポン球ぐらいの大きさの身体を浮かせようと鰭を素早く動かし、顔をこちらに向けていた。ぎょろりとした目が、私たちの成り行きを見守っている。
水の中では、私たちの声は聞こえないのが幸いだった。それでもこの険悪な空気に、母は心配しているかもしれない。
私にはそれが気がかりだった。
昌樹は黙りこくって、眉間に皺を寄せている。
きっと混乱しながらも、両親の顔合わせの時に、この金魚を持ってくるんだろうかと考えているのかもしれない。私はもちろんそのつもりだし、式を挙げるのならば、親族席に置くつもりだった。でも、それ以前の問題で、昌樹は私をおかしな女だと、婚約破棄するかもしれなかった。
現に昌樹の表情は芳しくない。
「昌樹なら理解してくれるって思ってたけど、駄目みたいだね」
私は無理に口角を上げる。悲しくないわけじゃないけれど、しょうがないと思えた。
「それ、どういう意味だよ」
険の帯びた声に、私は「受け入れられないでしょ?」と問う。
「お母さんが金魚だなんて、信じられなければ、信じる気もないんじゃない?」
たたみかけるように私が言うと、昌樹は「普通はそう思うだろう」とボソボソと返してくる。
「昌樹の気持ちも分かるし、私だって最初は信じられなかった。だけど、お母さんは私の目の前で金魚になったから」
「目の前で?」
私は頷く。私の母は、私が二十歳になった時に金魚になった。それは私が初めて、彼氏を家に連れてきた日のことだった。
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