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「お母さん!」
床の上で身体を横にしながら、バシャバシャと跳ねている母の姿に、私は悲鳴を上げる。
凍り付いたように動けない私に代わって、昌樹が駆け寄っていく。母を掌に乗せると、水槽に手ごと入れる。母の身体が水中に放たれ、身体がいったん沈んでから、再び鰭を動かし身体を浮かせた。
水中から昌樹が手を引き上げると、捲っていなかったワイシャツの袖から水が滴る。
私は安堵からへなへなと座り込んだ。俯いていると、私の頭上に陰が落ちる。
「今までに……こんなことあった?」
すぐ間近で昌樹の声がした。私を覆う陰が昌樹の物だと分かった。
私は俯いたまま首を横に振る。
「お母さん……に、俺の話をした?」
私はやっと顔を上げて昌樹を見た。昌樹は表情こそは困惑を隠しきれないようだったが、口調は真剣そのものだった。
「……話した」
正確にはノートに話したいことを書いて、水槽に向けたのだ。母がちゃんと理解しているかも分からないし、もしかしたら人間の時の記憶を失っているかもしれなかった。それでも私は、母にいろんなことを話していた。
母は私の書いたノートを瞬きをしない黒い目で、いつもじっと見ていた。
「俺なんかで……良いのかな」
昌樹の視線が、背後の水槽に向けられる。
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