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「ふざけてるの?」
通算四回目。歴代彼氏と同様の台詞に、私は「ああ、また駄目か」と、悲しみや怒り以上に落胆の気持ちが湧いていた。
「ふざけてないよ。これが私のお母さん」
長方形の水槽に手の平を向け、私は一匹の赤い金魚を示した。
恋人の昌樹はあからさまに顔を顰め、私と水槽を交互に見た。
「君がお母さんに会わせたいって、言われたから来たんだけど」
「うん。だから、私のお母さんだってば」
「なぁ……ふざけなくて良いから。ちゃんと紹介してくれよ」
昌樹は馬鹿らしいとばかりに、父の部屋から出ようとドアの方を見る。
「ふざけてなんかないよ。だから最初に言ったじゃん。私のお母さんを見ても、びっくりしないでって」
そろそろ結婚という話になり、私の両親を紹介して欲しいと昌樹から言われた。その時に私は、ちゃんとそう言っていたはずだ。
周囲の示す“母親”というものと、私の示す“母親”というものが違うことぐらい分かっていた。
「もしかして、お母さんって名前の金魚なの?」
昌樹が閃いたという顔で言う。私は苦笑しながら「違う違う」と手を横に振る。
「本当にお母さんなの」
信じてくれないと分かっていても、私は事実を言う以外どうしようもなかった。
「君はちょっと……変わってるみたいだね」
「幻滅した?」
以前の私だったら、怒りにまかせて追い出していた。だけど、歳を重ねてきたせいか、今は仕方がないと思えるようになっていた。
「幻滅というか……何というか」
歯切れの悪い昌樹は、明らかに困惑した目をしていた。その目にも、私はとうに慣れていた。
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