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ヨツハと獣
彷徨い続けて、もうどのくらい経ったのだろう。時間の感覚などとっくに無くなっていた。私の姿は日を追うごとに醜くなり、森に住む獣達と見分けがつかないほどになっている。彼らと違うところは、昼間でも自由に動ける事くらいだ。
その日も、今までと同じように、何の目的もなく森を彷徨い一日が終わる。そう思っていた。
彼は、そこにいた。私から数メートル離れた位置に立っている。その存在に気づき、すぐに殺そうと思った。此方が何もしなくても、人間はいつも攻撃をしてくるし、自分の身を守る為には仕方がない。が、違和感に気づく。その人間は、気配から察するに確実に私に気づいている。にも関わらず、武器に手を伸ばすでもなく、逃げ出すでもなく、ただ、此方を見つめているのだ。
「君は人間だろう。なぜ、僕を殺そうとするんだい?」
信じられなかった。私が人間?そんな馬鹿な。
「他の人には、分からないかもしれない。もしかしたら君自身にもね。でも僕には分かるよ。君は間違いなく人間だ。この世界で人間に呪われるのは、人間だけだからね。」
そうか、私は人間なのか。無くなったはずの、自分という存在が、再び蘇った。そんな気がした。
「良かった。思い出したみたいだね。」
視力もかなり悪くなって、よく見えないが、少年は、ふわりと微笑んだようだった。
「僕はヨツハ。君はなんて名なの?」
少年は、私から殺意が薄れた事を感じたのかゆっくりと近づいて来た。名?そんなものはとうの昔に無くしている。
「もしかして、名前思い出せない?」
頷く。「そっか。」気がつくと、柔らかな空気を纏う少年は私のすぐ隣に腰掛けている。不思議な少年だ。先程までの燃えるような殺意が完全に吹き消されてしまった。
「じゃあさ、僕と友達になろうよ。名前考えてあげるからさ。」
それからしばらく、ヨツハと獣の二人旅が続くのだった。
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