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14年前
「あのさ、健ちゃんたちが正式に籍を入れたら、もうこうやって二人だけで会うの、やめよ?」
茜差す秋の夕暮れ。
いつものカフェでいつものブラックコーヒーを飲みながら、山村有希は苦い顔一つせずさらりと言った。
あまりの軽さに、健司は重力に従って首を縦に振りかかった後、慌てて異を唱える。
「どうして? 友達同士がお茶をするのに、結婚したとか別に関係ないだろ」
「だって亜美に悪いもん。旦那が他の女の人と二人きりで会っていて、良い気分になる奥さんがいるはずないし」
「そりゃ他人だったらそうかもしれないけど、有希と亜美は友達だろ」
「だとしても、だよ」
「今までずっと三人でつるんできたのに? 有希だけ仲間外れにするみたいで、なんか気が引けるんだけど」
「その私がいいって言ってるんだからいいの。いいじゃん、次回はまた三人で来れば」
納得いかないなぁと健司は首をひねったが、有希の決心は固いようだった。
今まで何度も三人で、あるいは二人で訪れたこのカフェに、有希と二人で来るのはこれが最後だと思うと、少し寂しい気持ちになった。
そういえば、と有希が切り出した。
「生まれてくる子の名前、決めたの?」
「あぁ。男の子なら優弥、女の子なら優菜、かな。優しい子になるようにって」
「へぇ、良い名前だね」
有希は本気で思っているのか疑わしいような機械的な返事をした後、「それじゃ、そろそろ帰るわ」と席を立った。
コートを羽織る有希に、健司は友達として一つだけ、お願いすることにした。
「子供が生まれたら見に来てくれよ。有希に一番に抱いてもらいたいって、いつも亜美と話してるんだから」
「うん、わかった。……あっ、そうそう。最後に友達として、アドバイスを一つ」
「なんだよ」
「記念日は大事にしてあげなよ。健ちゃんこの前、亜美の誕生日すっぽかしたでしょ。あの時『健ちゃんのバカ! もう知らない!』って亜美が珍しく荒れちゃって、私、なだめるの苦労したんだから」
「まじ? それは悪かった。以後気を付ける」
有希はベーっと舌を出した後、ニッと笑って、一人分のお代を置いて出て行った。
背筋をぴんと伸ばして歩く後姿を眺めながら、健司は残ったエスプレッソを一気に啜り顔をしかめた。
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