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 立花優菜、本日付で十四歳。  初めて忍び込んだ父の書斎。  若干の引け目を感じながら、それでも優菜は、一歩、また一歩と部屋の中へと足を踏み出す。  もちろん、浮気の証拠品を探すために。  優菜がお父さんの浮気を疑うのには理由がある。  お父さんは、記念日を大切にする人である。  結婚記念日には毎年バラの花を一輪買ってくるし、お母さんの誕生日には必ず定時上がりで六時過ぎにはケーキ片手に帰ってくる。  我が父ながら、嫁思いで素敵な男性だと思う。  なのに! そんなお父さんがなぜ、一月一八日は帰宅が遅れるのか。  言い方を変えよう。  なんで優菜の誕生日だけ扱いがぞんざいなのか。  愛されていないと感じたことは一度もない。いつも愛情をたっぷり注いでくれている、と思う。  だったら、なおさらどうして?  毎年毎年考え続けていたが、つい先日刑事ものの昼ドラを観ていた時、ふいに優菜の身体を電撃が走り抜けた。  そのドラマでヒロインの女はこう言っていた。 「あの人は私よりあの女の誕生日を優先したのよ! 復讐してやるわ」  なるほど、と優菜は大きくうなずいた。  そう、考えられる可能性はただ一つ。  ずばり!  お父さんは浮気をしていて、その女の誕生日がちょうど、優菜と同じ一月一八日だったのだ!  ……あぁ。できれば気付きたくなかった。自身の聡明さが恨めしくなる。   だけど気付いてしまったからには、立花家の平和のため、真相の究明をするほかあるまい。  決して興味本位でも、別の用事を優先された腹いせでも、暇人だからでもない。  そう、断じて違う。  優菜は心を鬼にして、書斎の奥へと歩みを進めた。  優菜は手始めに机の引き出しに目を付けた。こんなわかりやすい場所に浮気の証拠があるとは思えないが、最初はこのあたりからでいいだろう。  というか、マジで見つかるなんて思ってないし、正直適当に時間を潰せればそれでいい。  かくして優菜が引き出しに手をかけ、無造作に手前に開こうとした、その時。  不意に、外から車のエンジン音が聞こえた。  心臓の鼓動が一気にトップギアになる。  まさか、お父さんがもう?  ゆっくりと窓に近づくと、焦る気持ちと同時に、ほんの少しだけ、喜びの色が差した自身の顔が、書斎の窓に映っていた。  しかし残念ながら、隣の家の車が帰ってきただけのようだった。  優菜はほっと安堵の息を吐く。が、一方でやっぱり、早く帰ってきてくれることを期待していた自分にも気付かされた。  なんだか急に惨めな気持ちになった。 「あーもう、なんで早く帰ってきてくれないの! バカ!」   感情任せに机の引き出しを引っ張り出した優菜。すると、予想外のものが目に飛び込んできた。  それは一枚の古い写真だった。  木製のちょっと高そうなフレームに入れられたその写真の中で、お父さんは、お母さんではない女性と寄り添い、幸せそうに笑っていた。  私の知らないその、笑顔とナチュラルパーマがキュートな女性とお父さんの距離感は、どう見たって恋愛関係にある者同士のそれに見えた。 「うそ……ほんとに見つけちゃった……」  立花優菜、本日付で十四歳。  現実は探偵ドラマのように爽快なものではないと知った。
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