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14年前
亜美の陣痛が始まったと聞いて慌てて仕事を放り投げ、病院に駆け付けた。亜美は陣痛室に運ばれる直前だった。
「亜美! 亜美!」
「健ちゃん、私、髪の生え際にほくろがあるかもしれない」
「それ、今言うことかよ……」
冗談めかして言ったつもりなのだろうが、声にいつものようなハリがない。無理やり作った笑顔が、逆に痛々しかった。
あまりにも普段の天真爛漫さとはかけ離れた姿に、微かな不安が心をむしばむ。
亜美は、臓器に少し厄介な持病があった。
「頑張れよ、亜美……」
「うん。すぐだから、ちょっとだけ、待っててね」
「健ちゃんの前では笑顔でいたいから」と、亜美は出産の立ち合いを拒絶した。
妻が陣痛室の扉の向こうに消えた後、残された夫は、無力にも神に祈ることしかできなかった。
「健ちゃん!」
亜美が陣痛室から分娩室に運ばれた後、息を切らしながら有希が駆け込んできた。
「亜美は?」
「まだあの中だよ。もう三時間近くは経ってる。何かあったんじゃ」
「健ちゃん落ち着いて。亜美なら大丈夫だよ、きっと」
有希の言葉で少しだけ冷静さを取り戻し、落ち着こうと、一つ深呼吸した俺。
その瞬間だった。
新たなる生命の産声が、分娩室から聞こえてきた。
それは健司にとって待望の、お産の終わりを告げる合図でもあった。亜美はやり遂げたのだ。
「健ちゃん!」
「あぁ! 良かった。頑張ったな、亜美……!」
健司は今すぐにでも愛する妻の元に駆け寄り、ねぎらい、優菜が誕生した喜びを分かち合いたかった。
しかし、二人が分娩室から出てくる気配も、健司たちが分娩室に呼ばれる気配もない。血相を変えた医師たちが慌ただしく廊下を行き来している。
再び、健司の胸に大きな不安が押し寄せた。
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