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14年前
あまりにも唐突に、亜美は逝ってしまった。
優菜と、それから写真をたった一枚、忘れ形見に残して。
昨日まで亜美が生きていた部屋。健司が見つけるのを待っていたかのように、その写真は机の上に置いてあった。
付き合い始めたばかりの頃、初めて二人で撮った写真。健司は正直、撮ったことすら忘れていた。
「亜美は命がけで、俺を父親にしてくれたんだな」
「うん、さすが亜美だ」
思わず漏れた言葉に、遺品整理を手伝いに来てくれた有希が応えた。彼女もまた大事な友達を亡くしたばかりだというのに、気丈に振舞っていた。
「俺も父親として頑張らないとな」と強がってはみたが、本音を言うと、到底すぐには立ち直れないほど落ち込んでいた。
健司は隣の友達に向けて、亡き妻の思い出をぽろぽろと語り出す。
「亜美はいつも、底抜けに明るかった」
「うん」
「どんなに落ち込んでも、亜美と話すだけで前向きな気分になれた。亜美は辛いことも苦しいことも、全部あっけらかんと笑い話にしてた」
「うん」
「亜美がいなくなって、俺はちゃんとやっていけるのかな」
「健ちゃん……」
沈黙が訪れた。
亜美がいないだけで、この部屋はこんなにも静かなんだな、と気付かされる。
「あっ! ねぇ、健ちゃん!」
突然、写真を見ていた有希が大きな声を上げた。
何事かと顔を上げると、彼女は写真の裏面を健司に指し示した。
そこにあったのは愛する妻からの最後の言葉だった。
まるで全て予期したかのように、生まれたばかりの優菜に向けて残された、「お父さんのことをよろしく」というメッセージ。
健司は泣きながら、ほんのちょっとだけ笑った。
なんだこのメッセージは。普通逆だろ。俺はどれだけ信用ないんだ。てか、俺には何かないのかよ。
言ってやりたい言葉が山ほど浮かんでくる。
会いたい。会って、直接伝えたかった。なぁ、亜美。
「記念日、大事にしてあげなよ」
有希が言った。「え?」と俺は聞き返す。
「優菜ちゃんの誕生日は亜美の命日! 絶対に忘れちゃだめだからね! 毎年絶対、優菜ちゃんのことをいっぱい話してあげること! わかった?」
「命日は、記念日とは言わないだろ」
「返事は!」
「あぁ、わかってるよ」
健司は苦笑しつつ、もう一度、亜美が残してくれたものたちを胸に抱いた。
いつか優菜が大きくなったら、この写真を見せてあげよう。
そう思ったらやっと、本当に少しだけ、前向きになれたような気がした。
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