④彼と彼

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 二人はビジネスホテルを出て、駅の広場に行く。  端の方に立って、狩野が取り出したスマホを覗き込んだ。 「どの映画がいいですか?」 「んー、あたしは何でもいいけど」 「月城さんって、家でも映画とか観るタイプなんですか?」 「いやー、全然。映画観るよりセックスしてる」 「なるほど」  普通に返す狩野に、なるほどでいいんかいと突っ込みを入れたくなるが、彼はそういう人間なのだともう理解した。  れなは小さく笑って今やっている映画の情報を狩野と一緒に目で追って入れば―――― 「れな!」 「おわっ!」  突然後ろから抱きつかれる。  フワリと香った香水の匂いはよく知るものだ。  狩野とは逆の、甘い甘い香り。 「浩斗!?」  後ろから抱きしめてくる浩斗を見れば、彼は息を荒くし、汗まみれで前髪が額に貼り付いていた。 「やっとっ、見つけたっ!」  必死に言う浩斗に、もしかしてとれなは口を開いた。 「あたしのこと探してたの?」 「そうだよ!」  怒るように言い、こちらを抱きしめていた腕を引っ込め、代わりに両肩に手を置いて、がっくりと頭を落とす。  するとその下にポタポタと汗の沁みを作っていく。 「帰ったら鍵開いたまんまでれないねぇし、きっとれなから出て行ったんだと分かってても、やっぱり心配で、電話掛けても出ないし、わざとなのか、何かあって出られないのか・・・・・・ほんと、心配した」 「ごめん」  スマホはサイレントモードでカバンに入れている。これから誰かとセックスをする予定の時は邪魔されないよう、サイレントモードにするのだ。  でもまさかこんなになるまで探してくれていたなんて思わず、素直に謝罪する。 「いや、無事ならいいんだ」  肩から両手を離し、「ふー」と息を吐いて笑いながら汗を拭う。しかしれなの後ろにいる狩野には目を鋭くさせた。 「でもまさか狩野サンと一緒だとは思わなかった」 「えっ、あんたなんで名前知ってんの!」 「ホストだから」 「はぁ?」  どういうことなのか分からず眉を寄せる。だがそれに狩野は何も言わず、こちらに視線を向けていた。  その顔はどこか無表情で、慌てているのか、怒っているのか、それとも安堵しているのか分からない。 「まぁなんでもいいじゃん。帰ろ、れな」  浩斗は家へと向かう道に一歩踏み出て振り返る。おいでと言うかのように腕を伸ばしたが、「あ、汗拭ったから湿ってるかも」と言って腕を下ろした。  そんなことを気にするのは今更な話である。 「帰るって、あそこはあんたの家じゃないから」 「まぁたそういう冷たいこと言う。どうしてそんなに俺のこと拒絶するわけ?」 「あんたは強引なんだっての!」  そう言ってから無意識に狩野と浩斗を比べたことに気付き、れなは「とにかく!」と拳を作って上から下へ動かした。 「鍵返せ自分の家帰れ居座るのやめろ!」 「わー、一息で言われたー!」 「でもさ」と浩斗は汗で濡らしたからと下ろした手で、れなの手首を掴む。 「むーり。俺、れなの彼氏だし。一緒にいようよ」 「しつこい」  手を払い落とせば、浩斗は捕まえることを諦めたのか一歩引いて、また昨日のような寂しい目をした。 「そんなに俺よりそいつがいい?」 「え・・・・・・」  笑顔なのに寂しそうな、悲しそうなそれに、れなはどうしていいのか分からなくなる。  狩野は強引じゃないから抵抗出来ない。これでもかというほど甘やかされる。  だが浩斗は強引だ。だからこれでもかというほど抵抗出来る。  それで彼がどれだけ傷ついていようとも、だ。 「あー、答えなくていいや。さっきまで必死に探してた俺がバカになっちゃうから」 「浩斗・・・・・・」 「まぁ探したのは俺の勝手だし、バカでもいいんだけどさ」  浩斗の言葉がれなの心を痛くさせる。 『またセフレとして接すればいいじゃん』 『家に居座るんじゃなくて、たまに会ってセックスする仲になろうよ』 『少しだけ距離を置くだけで、何も変わらない』  痛みに上げた悲鳴はそんな言葉を紡いでいて、それはどれだけ自分勝手な言葉だろうと絶望する。  いま自分は浩斗に何て声を掛けたらいいのだろう。  このまま突き放せば良い? 彼を傷つけて? 嫌いだって頬でも叩く? (やだな)  なぜだろう。浩斗が悲しむ顔は見たくない。セフレとして一緒にいた時はあんな顔はしなかったが、いざこうやって傷ついた顔を見たら、自分も辛くなるなんて一体どういうことか。 (大切にだって出来ないくせに)  れなは唇を噛み締めた。  すると「すみません」と先ほどまでずっと傍観者としてこちらを見ていた狩野が二人に声を掛ける。  こんな状態の二人の間に入ってこれる彼は、橋本並に強い人なのだろう。きっと。 「これから俺と月城さんで、映画を観に行こうと思っていたんです」  狩野は開いていた映画館の情報の画面を浩斗に見せ、それからごく当たり前なことのようにそれを口にした。 「折角ですし、三人で映画を観ませんか?」 「「は?」」  JRの電車の音が、二人と一人の間を駆け抜けた。
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