④彼と彼

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④彼と彼

 ゆっくり眠ることって大事だなと、改めてれなは思う。  昨晩は狩野とラブホテルで何もせずに寝た。  別に毎日毎晩セックスをしているわけではない。ひとりで寝ることくらいある。それでもなぜか昨日は深く安眠したようで、会社であくびひとつ出なかった。  あれから家に帰ったれなは簡単にシャワーを浴びて、煙草を一本だけ吸って出社した。  狩野とは普通に挨拶をして、昨日のことなど無かったように互いに振る舞って。それが少しつまらないとか、逆にホッとしたとか、そういうことは全くなくて、ただ同僚たちはあの狩野を知らないんだなと思うと、厳しい言葉を吐き出すところを見ると笑いそうになる。  こいつはただの仕事バカでは無いんですよ、と耳打ちして、狩野を困らせてやりたくなった。 (あたしゃ小学生か)  そんな自分に苦笑するけれど、けれどやっぱり気分は悪くなかった。  そんな会社からの帰り道である。 「はい、プリン」 「・・・・・・あんたねぇ」  何も無かったかのようにマンションの前で待っていた浩斗は嬉しそうに微笑みながら持っていたプリンの袋を差し出した。  もちろん、例のコンビニのプリンだ。 「よく昨日の今日で顔が出せるね」 「出すよ。れなの彼氏だもん」 「はっ、もういい加減にしなよ」  短く吐き捨てるように笑い、れなは浩斗を無視して歩き出す。その横を余裕でついてくる男はまたプリンを差し出した。 「れなの好きなプリン」 「いらない。てか、家にも入れるつもりないから」 「そんな急に態度変えられて、俺すっげぇ悲しい」 「わっ、ちょっ」  プリンを持っていない方の手で腰に手を回され、引き寄せられる。  髪の毛の上からこめかみ辺りに口付けられ、「ちょっと」と押しやりながら周りを見渡した。  誰かに見られたら派手な男と付き合っている住人がいると噂になるかもしれない。見る人が見ればホストであることも簡単にバレる。 「離れてよ」 「れなが家に入れてくれたら」 「・・・・・・・・・・・・」  ニッコリ微笑んで言う浩斗に、れなは目を細めてじっと睨み付ける。  きっと本気で離すつもりはないだろう。小さく溜息をついて「はいはい」と頷いてカギを出した。  エントランスまで行き、オートロックのそれに差し込んで回す。  静かな音を立てて自動ドアが開いた瞬間、 「っ!」  れなは浩斗を突き飛ばし、走り出した。  パンプスでは走りづらい。カツカツと足音を立てながらエレベーターまで行き、ボタンを連打する。 (早く早くっ)  開いたドアに走り込めば、ふわりと後ろから抱きしめられた。 「――――」 「はい、捕まえた」  後ろから浩斗の声がして、エレベーターが閉まる。  ボタンが押されたのか、この箱が上へとあがっていくのが感覚で分かった。 「れな」 「っ、や」  後ろから首筋に口付けられる。そのまま耳たぶを食まれ、ピクッと肩を上げれば「かわい」と耳元で囁かれた。  身体を抱きしめる片手が腹の脇をツツ・・・・・・となぞり、そしてれながカギを持っている手を撫でる。 「やめて」 「どして?」  吐息が含まれた声で聞いて、ぎゅっと強くその手を包み込んだ。そこで初めて浩斗の手が大きいことをれなはやっと意識した。 「やだからに決まってんじゃん」 「あんなに寝た仲なのにね」  エレベーターが開き、カギを掴んでいる手を優しくリードするように引き、まるで舞踏会に行く男女のように廊下を歩いて行く。 「・・・・・・これも最悪なんだけど」 「お姫様をエスコートしてる王子様っぽくね?」 「全然ぽくないし、あたし嬉しくない」 「はは、確かにれなはこういうの嫌いかも」  浩斗は笑い、自宅のドアの前に立った。  カギを持つ手は依然握られたままで、どちらにしてもドアは開けられない。  れなはいっそ肘を腹に食らわせられないかと考えていると、不意に身体をくるりと回転させられる。 「わっ」 「れな」  そのままカギの閉まったドアに押しつけられ、下からすくい上げるように口付けられた。 「ふっ・・・・・・」  一度だけリップ音を立てたかと思えば、すぐに舌が口腔に滑り込んでくる。 「んっ、ん」  嫌がるように顔を振るが、また持ち上げるように強く唇が張り付き、舌がなだめるかのように顎裏をくすぐった。  いつもなら互いに呼吸のタイミングを作って、舌同士で遊ばせるようなキスをするのに、息を吸うタイミングが合わず、そしてその隙も作らないよう塞がれる。 「ふっ、ぅン、ンっ」  苦しくて手足の先がジンと痺れる感覚がする。けれど意識は歯列をなぞって、舌を引き寄せては吸い、甘噛みをする口付けに染まっていて、手の中からカギを奪われていたことにれなは気付かなかった。 「は、んっ・・・・・・っはぁ!」  ゆっくり離れた唇に、れなは大きく呼吸をした。  零れた唾液は顎を伝い、首筋をくすぐっている。 「んっ」  それを丁寧に浩斗は舐め上げ、れなの身体の向こうにあるカギの差し込み口にそれを差し込んで、回す。そして二人で倒れ込むようにしながら部屋へと入った。  玄関で靴を脱ぐこともせず、そのまま部屋の廊下に倒れ込む。  身体に痛みがないのは浩斗が下になってくれたからだろう。だがすぐに身体は逆転し、覆い被さられた。 「・・・・・・・・・・・・」  先ほどのキスのせいでまだ呼吸は整わず、ぼんやりと浩斗を見上げる。  だがきっとこれは酸欠のせいだけではない。快楽を知っている身体は勝手に続きを期待している。  最悪だとか、なにくそと思うこともない。  ただ互いの呼吸を唇の間で混じり合わせて、求めるように視線を交差させるだけ。 「れな・・・・・・」  抱かれる快感を知っている身体は勝手に震え、身体に電気が走っていく。  不意に傾けながら顔が近づき、れなは目を閉じ――――重なった唇に歯を立てた。 「っ!」  驚きに浩斗が顔を離す。それが勿体ないと思いつつも、れなは無理矢理笑って言った。 「ホストがキスして噛まれるなんて、ざまぁだわ」 「・・・・・・彼女に噛まれたってクラブで自慢してくる」  唇を触れ合わせながら囁く。 「彼女じゃない」 「俺はれなのこと、こんなに好きなのに」  ちゅっと音を立てて口付け、顔の横に肘を置く手でれなの頬を撫でた。 「そんなに俺のこと嫌い?」 「・・・・・・嫌い」 「その間はなに?」  クツクツと笑い、そのまま優しく頬を撫でたかと思えば、耳をくすぐられる。  くすぐったさに顔を傾ければ触れ合っていた唇が離れ、頬に口付けられた。 「少し、希望が見えたって思っていい?」 「そうじゃ、な、い」  くすぐったいだけじゃないそれに、返す言葉は弱々しい。 「別にあたしは、あんたなんかっ、んっ」  もう片方の手がワイシャツの隙間に潜り込む。 「ちょっと!」 「今はその間でもいいや」  浩斗はどこか寂しげに笑い、柔らかく唇を重ねた。 「これから俺のこと、好きになって」 「・・・・・・・・・・・・」  そんな顔は見たことがなく、れなは一瞬息が止まる。 (なんで、そんな顔・・・・・・)  それでもここで甘い顔をするつもりもない。必死にれなは短く返した 「なら、ないっ」 「出た。れなの強情」 「じゃあさ」と浩斗は寂しげだった笑顔を浮かべていたとは思えない、ホストの夜の香りをまき散らしながら耳の後ろに舌を這わせて言う。 「飯と俺に愛されるの、どっちが先がいい?」 「――――っ」  ワイシャツの下の手はいたずらを始め、勝手に身体は快感を拾い上げる。  下手に深呼吸でもすれば、喘ぎ声が漏れてしまうだろう。  それでも無理矢理言ってやった。 「――――プリン」 「・・・・・・ははっ!」  一瞬ぽかんとした浩斗だったが心底楽しそうに、否、嬉しそうに笑って。 「そういうとこも好き」  ブラジャーのホックを外した。
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