④彼と彼

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 次に目を覚ました時にはベッドの中で、太陽も高い位置に昇っているのか、カーテンの隙間から眩しいそれが差していた。  隣に浩斗はおらず、多分仕事へ行ったのだろう。 「・・・・・・えーと」  掠れた声でどうしたんだったか頭を掻く。  小さなテーブルを見て、そこでプリンを食べたことを思い出し――――数珠つなぎのように記憶が戻ってきた。  昨晩は結局ヤるだけヤって、途中プリンを食べて休憩し、それからまた抱かれた筈だ。  もう途中からは一週間の疲れのせいか、それとも快楽でブっとんでいたのか、あまり覚えていない。 「まぁ確かに? 飯も食わずに一日ヤってたこともありますけど?」  溜息をつき、れなは空腹を覚えながらギシギシと痛む身体を持ち上げた。 「ンなの若い頃で勘弁だわ」  シャワーが先か、飯が先か。 「いーや、煙草だな」  仕事用の鞄に入れっぱなしの煙草を取りに、裸で部屋を歩いて行った。 「はー・・・・・・」  昼に近い時間の煙草は勿論、いつもと変わらず美味しいけれど、少し肌寒い朝日を見ながらの方が好きだとれなは思う。  それでも休日の煙草と思えば、なんだかいつもよりも美味しいと思う自分は単純か。 (ま、みんなそうだよね)  ふーっと、真っ青な空に紫煙を吐き出した。  流石にこの時間にシーツ一枚だと目立つため、ラフなシャツと短いジャージの姿である。  風がれなの長い髪の毛を揺らし、まるで頬を撫でるかのように触れて通り過ぎていく。  結局浩斗とは関係を切れないままだ。 (あんなに執着するタイプだったんだ)  見えない尻尾を振る、言い方は悪いが使い勝手が良い男だと思っていたが、とんだ勘違いである。 「あ、待て。そういえば」  れなは煙草を灰皿に押しつけ、勢いよく立ち上がる。そして玄関まで行って確認すれば―――― 「やられた」 ――――ドアの鍵が閉まっている。すなわちそれは、この部屋の鍵を持って出たということだ。 「だー、もうっ」  ガシガシと頭を掻き、溜息をつく。  きっとあいつは合鍵を作るつもりなのだろう。 (これってもう犯罪になるのかな)  ストーカーとしても訴えることが出来るのではないだろうか。  だが結局流されてヤることはヤりました、では合意として受け止められるだろう。まぁ、確かに認めたくは無いが、合意ではあるから仕方が無い。  ペタペタと裸足でリビングに戻ると、テーブルに紙が置かれていた。 『晩ご飯、なに食べたい? リクエストあったら連絡入れといてー! 行ってきます!』 「ふざけんなよクソ野郎」  何が連絡入れてだ、何が行ってきますだ。ここはあんたの家じゃないっての! 「どっか別の家に逃げ込むかなぁ」  前髪をかき上げ考える。  久しぶりに顔も忘れた男と寝るのもいいかもしれない。  スマホが置いてある寝室へ行こうとし、けれど一歩踏み出しただけで動かなくなる。 「・・・・・・・・・・・・」  数字ばかりの画面は思い出せるのに、相手がどんな顔で、どんな抱き方をしたか覚えていない。それどころかどこに今いるのかだって分からない。いや、そんなのはもう言い訳だ。 (なんか、なぁ)  浩斗に抱かれた部屋で一人きり。別に初めてではないし、むしろいつも通りである。  それなのに何でだろう。  腕をゆっくり上げて、自分の頭に触れてみる。そして左右に動かし、撫でてみた。でも気持ちよくもなんともない。 (課長の手は温かかったな)  なぜか今すぐ狩野に会いたくなった。  ぽっかりと胸に穴が空いたという表現があるけれど、そんな立派なものでもない。ただ、なんだかむなしいだけ。  ぎゅっと抱きしめてもらいたい。甘やかされたい。激しいセックスとかじゃなくて、まるで子供が寄り添ってお昼寝をするみたいな、そんな陽だまりの温かさが欲しい。 「はっ、似合わねー」  眉間に皺を寄せ、口角をつり上げる。  自嘲的な笑みをする自分にも反吐が出る。 (あたしは弱い人間でもなければ、そんな綺麗事を求めるつもりもない)  自身の頭を撫でた手を下ろし、ぎゅっと拳を握る。  鍵は浩斗が持って行った。あれはあくまでれなが作った鍵で、本物の鍵は別にある。  しかしそれを持ち歩くのは落としたりしないか心配だ。だがだからといって、浩斗が帰ってくるまでここにいるつもりか。  答えはノーである。 「あたしはそんな女じゃねぇってーの」  むなしさも、欲しがる温かさも振り払うように強く一歩を踏み出す。そして着たばかりの服を脱ぎ捨て熱いシャワーを浴びる。  そして仕事着とは違う迷彩柄の上着を羽織って、履くのは歩きやすい黒いスポーツシューズ。  横に長い財布を入れる小さなカバンを肩に提げ、鍵を掛けずに部屋を出た。  ベランダで見た青空が出迎える。それが今は妙にむかついて、れなは鼻で笑い髪の毛を後ろへと流した。 「互いに都合がいい相手っていうのがベストですから」  そのどこか挑発するような声は結局その空に吸い込まれるだけで、何の意味も無く消えていった。
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