①夜明け

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 月城れな。大峰浩斗。  二人が出逢ったのは、れなが一回行ってみるか、なんて軽い気持ちで行ったホストクラブだった。  その店で彼はそのまま、ヒロトの名前でターゲットのホストを待っているお姉様方の暇を潰す為のホストとして働いていた。  一所懸命に話す彼を見た最初の印象は、 「犬みたい」 「え、犬っすか?」  年齢も28歳のれなより二つ下の26歳だから余計そう見えるのかもしれないけれど、ポメラニアンの犬みたいな男だなと思った。 「そこは柴犬にしてくださいよー」 「あんたに忠犬は無理でしょ」  笑いながら煙草を咥える。自然な手つきで点される火。  紫煙を吐いてからロックのウイスキーを一口飲み、浩斗を値踏みするように上目遣いで見た。 「え、なに・・・・・・」 「あんたでいいや、今日の相手」 「へ?」  話が分からないとばかりにコテンと首を傾げる。ほら、だから犬みたいだって言ってんの。 「違う人と話す予定だったけど、このままあんたと話すわ」 「俺指名ってこと?」  手にライターを持ったまま言う彼に、れなは「そゆこと」と頷く。  すると浩斗は嬉しそうな表情をし、「ありがとうございます!」と頭を下げた。  なるほど。これは確かにトップにさせるよりも雑用なんでも係に置いておいた方が利用価値がありそうだ。 (可哀想な子犬君だな)  しかしだからと言ってドンペリを入れてあげられるほどのお金もない。  適当に話して、適当に笑って、適当に酒を呑んで、はいホスト楽しかったねぇ、で終わるつもりだった。  だがそれで終わらなかった。店を後にした浩斗が「れなさん!」と追いかけて来たのだ。 「お、俺の番号とか教えてなかったと思って」 「いや、営業の為にってお願いされたけど断ったじゃん、あたし」 「あ、そう、そうだっけ?」  目を泳がせながら頬を掻く浩斗に、れなは「あー」と察して促した。  面倒なことは好きじゃ無い。遠回りも面倒くさい。善は急げ。急がば回れは360度身体を回転させて冷静になってから急げという意味だと捉えている。 「なにをあたしに言いたいの。さっさと言わないとあたしは帰る」 「ほんっとクールっすね。少しはドキドキしたりしません?」 「しない。用件だけ言え。ほら早く。あたしとろい奴嫌いなの」 「あーえーそのー」  ここまで急かしているのにまだハッキリ言わない浩斗はある意味肝っ玉が据わっている。  このまま本当に帰ろうかなと思ったら、こちらの手を取っていきなり歩き出した。 「え、ちょっと」 「行こ」 「どこに」  手を引き歩く彼の顔は見えない。しかし金髪の隙間からかすかに見える耳は赤く感じられた。 「ホテル」 「・・・・・・・・・・・・」 「営業とかじゃなくてっ、むしろ俺が金払う側だから!」 「・・・・・・あっはは!」  れなは笑い、引っ張られていた手に追いつくように大きく一歩出る。そして浩斗の腕に自分の腕を絡めて肩に顔を預けた。 「そういう即物的なの、嫌いじゃない」  そして浩斗と身体を重ね、連絡先を交換し――――現在に至る。  彼はホストだが大体二部での仕事が多く、朝の五時から昼間くらいの時間にクラブに出る。れなが行ったときにいたのは本当にたまたまだった。  他のホストが風邪でダウンし、それの補充要員だったのだ。  客がホストに入れ込むのは分かるが、まさかホストが客を気に入るなんて面白いこともあるものだ。 (でも家に居座るこの状態、マジうっざい)  もう一戦し、隣りで幸せそうに寝ている浩斗を見ながら、れなは溜息をついた。  別に浩斗と付き合っているわけではない。断じてそういうわけではない。  ただのセフレの間柄である。  セックスがしたい時、まぁほとんどだけれど彼は二部の仕事が終わったらこのマンションの下で、れなの帰りを待っている。  忠犬ハチ公かと突っ込んでやりたかったが、忠犬じゃないと言ったのは自分だと舌打ちする日々。  帰らない日は浩斗に連絡しなければいけないのだから本当に面倒くさい。放っておきたいけれど、以前マンションの前にホストがいると他の住人が話しているのを聞いたのだ。  このままだとマンションを追い出されることはないとは思うが、それこそ面倒くさいことになる。だから仕方が無く連絡するわけである。 (身体の相性が悪いんだったらさっさと縁切るんだけどなー)  ゆっくりと瞬きをし、手は自然と煙草を探しにテーブルへと動く。しかし何もぶつからない。怪訝な顔をしてそちらを見れば、そこには何もなかった。  そこでベランダに置いてきたことを思い出す。 (挑発されて忘れてた)  最悪っと小さく呟いて枕に突っ伏した。  ホストってもっとサバサバしていると思っていたれなは、この現状は予想外だった。  しかしセフレとして使うだけならホストクラブの考えと同じように都合がいい。  もし本気で付き合うことになったらどうなるんだろうと考えた夜もあったけれど、すぐにれなは笑って否定した。  ホストと本気? そんな夢物語があるのだろうか。現にれなは浩斗に本気になるつもりもない。向こうだってきっとそうだろう。  こちらはもう28歳でそろそろ結婚しないとと思うけれど、ホストと結婚に発展なんかするわけがない。  セフレであるのが妥当だ。  火遊びになるどころか、安全なオール電化遊び状態なのだから、適当にセックスして気持ちよくなって眠れればいい。 「さて、と」  顔を上げ、今度はタオルケットは持たずに起き上がった。 「仕事行くの準備すっかな」  伸びをすると腰に痛みが走り、「うお」と背中を丸め、腰をさする。  歳とは恐ろしいものだ。  処女を中学三年生で捨て、それからセックス三昧の数人相手だって余裕だったのに、本当に衰えには勝てないものだとこの歳になって痛感する。 「ま、三十代でやっと童貞捨てた課長も恐ろしいけどね」  れなは会社にいる狩野課長を思い出し苦笑した。  その人とは一度だけ寝たことがあり、ようするにそれが筆下ろしだったわけだけれど。 (今日もあの視線向けられたらうっざいなー)  男とはいつまで子供のように目をキラキラさせながらもハイエナのようにセックス出来るのだろう。  気持ちが良いのは分かるけれど、それ以上を求めるように――――ねだるように目を向けるのは正直ママに甘えている子供みたいだ。  その筆頭が、その狩野課長、狩野忠(かりのただし)である。 「あー、寝なければよかったわー」  ガラガラの声で言いながら落ちているブラジャーとパンツを拾った。
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