②日常

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「――――で?」  電車に乗って駅へ。そしてマンションへの道を歩いて行くと、後ろからぎゅっと抱きしめられた。そこまでは許す。 「なんのプリンだって?」 「だから、駅前のコンビニの!」 「・・・・・・・・・・・・」  歩きながられなは頭が痛いとばかりに額を抑えた。  もう片方の手を取って手を繋ごうとするバカ犬の手は振り払う。 「あんたさー、ホストでしょ? 二部で人気者なんでしょ?」 「うん」 「ならちょっと良いプリンとかにしとけよそこは!」  別に貢いで欲しいとは思わないが、まさかホストがコンビニのプリンを見せて「ほら!」と子供のような笑みを見せられたら呆れたくもなる。  そこらのサラリーマンが買うプリンと、ホストが買うプリン。価値が全く変わってくる。 「えー、でもさ」  浩斗はムッと唇を突き出し、れなの手を掴んで無理矢理手を繋いだ。 「前に銀座のプリンあげた時、あんま喜ばなくって、コンビニの時の方が喜ぶんだよ」 「・・・・・・待って、何だって?」  銀座のプリンだなんて単語、聞いたことがない。  もう繋ぐ手はそのままにマンションまで歩いて行く。 「前にもプリン買って帰ったじゃん。んで飯食った後に、はいプリンって渡したら別段なんの喜びも見せずに食べたわけ」 「うん」 「んで、喜ばねーなぁと思って、コンビニのプリンを渡してみたら、これ食べやすくて美味しいって言ったんだよ」 「・・・・・・・・・・・・」  それを聞いたれなは仕事ですでに疲れた身体がより重くなったような気がした。  高級なものをねだったことはない。ブランドだって気にしないし、自分が好きだと思ったものは、古着屋の服だって立派な服だと思う。  何十階のレストランでフルコースとか、ダイヤが輝くネックレスとか、そういうものは憧れだから良いと、れな個人は思っていたのだが、いざこう貴方は貧乏舌なので憧れは憧れのままが良いですよっと言われたらショックも受けたくなる。 「銀座のプリンって言ってたら、あたしゃ美味しい美味しい言いながら食べたわよ」 「そーかな。そんな感じにも見えなかったけど?」 「ついでに言うと、あんたはコンビニと銀座のプリン、どっちが好きなわけ?」 「んー・・・・・・」  マンションのエントランスを抜け、エスカレーターを待つ。  その間、浩斗は上を見るようにしてから、握っているれなの手をどこか嬉しそうに揺らした。 「れなと食べるプリンならどれでも美味いよ」 「・・・・・・・・・・・・」  微笑んで言ったセリフにれなはパチパチと瞬きをしてから、「はは!」と笑う。 「それ一体何人の女に言ってきたわけ?」 「えー、そういうこと言う?」 「ホストの甘い言葉ほどウザいもんはないから」 「なら何でクラブ来たんだよ!」  一階についたエレベーターの扉が開く。それにれなから乗り込めば、浩斗が自然と五階のボタンを押してくれる。  ほら、そういうエスコート的なのが上手いところもホストっぽい。 「別に? 行ってみようって思ったから」 「まぁそうやって気軽にクラブに来て欲しいけどさー、でもさー」 「はいはい。あんたの言葉はありがたく受け取っておくよ」 「ところで」と、れなはプリンを買ったにしてはエコバッグが大きいそれを見て聞いた。 「それ、他になに買ったの?」 「ん? 卵と鶏肉」  五階につく。 「卵と鶏肉?」 「オムライスとか作ってみようと思ってさ」 「・・・・・・・・・・・・」  そのメニューはれなが会社で作らせようと思っていたものだ。だが、途中で買い物をするのが面倒くさくなってしまい、そのままお流れにしようと思ったのだが。 「あんた、やっぱりホストの才能あるわ」 「へ?」  自分の部屋のカギを取り出し、廊下の一番奥のドアを「どうぞ」と開けてやった。  料理を作るのはお互い交代のような状態になっている。  だがスーパーやコンビニで済ませてしまう日もあり、たまにれながスーパーで弁当を買って帰れば、浩斗がシチューを作って待ってたりすることがあったりもする。  れなが連絡を入れるのはその日家に帰らない時くらいだ。たまに浩斗から何が食べたいかというリクエストが来るけれど、だいたいは今日もあんたはうちに来るのかと溜息をつき、主婦の怒るテンプレ『なんでもいい』と返すだけである。  すれ違いがあっても大して気にしないからだ。 「れーなー、そろそろ飯ー」 「んぁー、おけー」  湯船に浸かっているれなに、ドアの向こうから浩斗が声を掛ける。  ぐったりと沈み込むようにバスタブに寄り掛からせていた頭を持ち上げ、湯から出た。  シャワーで済ますこともあるが、やはり湯に浸かると身体がほぐれる気がして、れなは出来るだけ湯を張るようにしている。  長い髪の毛をドライヤーで乾かしている間は素っ裸で、ぐしゃぐしゃとかき混ぜる。  寝間着のTシャツとズボンを着て乾かしたら汗を掻いてしまうからだ。 「浩斗出たー」  化粧水、乳液、ボディクリームなどなど、女性必需品のそれらを行程を済ませたれなは、言いながら廊下へ繋がるドアを開け、リビングに移動する。  そこにあるテーブルには、綺麗な黄色の卵焼きを被ったオムライスがあったが―――― 「・・・・・・血文字か?」 「マジめんご」  その卵焼きの上にあるケチャップ。それは波線を描いたものが多いと思うが、きっと名前を書こうとした文字らしきものになっている。 『れな』の名前が坂で流れ落ち、ハートの形もどこか歪でキツネか? と突っ込んでもいいくらいだ。  シュンとうなだれる浩斗にれなは笑い、「いいじゃんいいじゃん」とイスを引いた。 「いい匂いするし、美味しいなら問題ないでしょ」 「でも俺は、わーすごーい! って喜ばせたかったんだよ」 「別にこれでも十分喜んでるから」 「ほら、早く食べよ」とテーブルをトントンと叩くと、しぶしぶと言った様子でれなの前のイスに座った。 「マジごめんな。上手く出来なくて」 「だから、いーってば」  パン! と手を合わせ、「いただきます!」と言ってからスプーンを握る。  血文字が欠けるとか、そういうことは一切考えないで大きくすくって食べれば、丁度いいケチャップのしょっぱさと卵の甘さが口に広がった。 「んっ! うまいっ!」  頷きながられなは言う。 「いいじゃん。あんたはほんと料理上手だね」 「れなの飯もうめぇじゃん」 「あたしのは簡単なものだから」  そう言うと浩斗はやっと持ったスプーンを揺らしながら「いや、美味いよ」と笑った。 「俺、れなの飯好きだよ。素朴な味というか、お袋の味? みたいな?」 「・・・・・・褒めたって凝ったものなんか作らないからね」 「へーい」  べっと舌を出してから、彼もオムライスを食べ始める。  ケチャップは失敗したものの、味は満足したようで彼も何度も頷いた。 「ほら、美味いでしょ?」 「まーね」  素っ気なく返事をするものの、どこか嬉しそうにする彼は、やはり犬みたいだとれなは思った。
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