②日常

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 夕食の片付けも終わり、れなはベランダに出て煙草を咥える。  お子様好きな甘さから苦さに変わり、今度は大人の味を口の中に広げた。 「ねぇれな」 「なによ」  その隣で朝の時と同じようにベランダの手すりに寄り掛かりながら浩斗は言う。 「そろそろさー、合鍵とか欲しいんだけど」 「・・・・・・は?」  まさかの言葉に紫煙を吐き忘れ、開いた口から這い出るかのように煙が浮かんでいく。  次に溜息をついた時には、もう吐き出すものもなかった。 「あんたにやる鍵は一個もありません」 「えー、いいじゃんー」  浩斗は子供のように身体を揺すって言ったかと思えば、煙草を指で挟んだ状態で顔をこちらに近づけた。 「毎日のようにセックスしてんじゃん。俺がいつも傍にいて欲しいとか思わね?」 「思わない」  囁くように言うセリフは、れなの心を一切揺さぶらない。 「そんなこと言うなら今日も明日もあんたとセックスしないわ」 「えーっ、なんでそうなんだよ!」 「あんたが面倒くさいこと言うからだっての」  煙草が短くなり、灰皿に押しつける。そしてまたもう一本煙草を口に咥えたが、火が近づくのではなく、むしろ逆で引き抜かれた。  代わりに近づいて触れたのは唇だ。 「ん・・・・・・」  それを受け止めれば同じ苦い味がする。  無意識に首を傾け、口を開ければ彼は離れていった。  何となく自分の方がキスを続けたがったみたいな終わり方をして、れなは浩斗を睨む。しかし彼はどこか色っぽい顔で自身の唇を舐めて言った。 「まぁ待つよ。れなが鍵をくれるまで」 「・・・・・・一生ねぇわ、ばーか」  浩斗の煙草を取り上げ、それを吸う。  ダイレクトに煙りを吸っている筈なのに、キスの方が苦く感じるのはどうしてだろうか。 (キスは甘いもの、なんて考えたことないのにね)  れなは星の見えない夜空を見上げて紫煙を吐く。  結局その夜はセックスをせずにさっさと寝てやった。  合鍵が欲しいだなんて、セフレのくせに何を言っているんだか。 (やっぱりずるずるこの状態でいたのが悪いかなぁ)  浩斗とはそろそろセフレの関係も終わらせた方がいいかもしれない。関係は広く浅く。ちゃんと別れどきを逃さないようにしなければ。 (浩斗のことだからこっちがそう言えば、うだうだ言ったとしてももう来ないでしょ)  ストーカーになりそうな男でもない。  適当に他に遊べそうな相手を確保しつつ、ありがとうさようならを切り出すか。 「よし、そうしよ」  次の日の朝、仕事に行く準備を終えたれなは両頬を叩き、「うし!」と玄関へと向かう。  浩斗は仕事で夜中かつ朝早い時間に家を出た。勿論、鍵は開いた状態だ。  危険は承知。だからこそマンションに入るドアはオートロック式の場所を選んだ。 「ま、安給料でぎりぎりマンションに住んでるのは壁が厚いからなんだけどね」  アパートでセックスなんぞしたらバレバレなのは経験済みだ。  靴を履き、開いている状態のドアを開く。  今度のセフレは相手の家に行く形にして、自分の家には入れないようにしよう。  鍵を鞄から取り出し、ガチャンと音を立てて閉じる。  浩斗と関係を終わらせる。  そう思った朝だったが、その同じ朝にそれが出来なくなるルートが現れた。  それは会社のデスクに貼ってあった可愛いうさぎの付箋。 『あの、良かったら一緒にお茶でもしませんか? 橋本』 ――――橋本とお茶をしたことで、れなが彼に訊ねた一言。それにより関係を終わらせることが出来なくなったのだ。
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