③そしてゴングが鳴り響く

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~ * ~ 「今日さ、女の子の友達が出来た」 「へー?」  浩斗はれなのベッドに横になりながら首を傾げた。  そうなんだ、というような響きで返してきたのに、その傾げはなんだ。 「れな、友達いなかったの?」 「いないいない。いるわけないじゃん」  ベランダで吸ってきた煙草の吸い殻が入っている灰皿に、ペットボトルで常備準備している水を注いだ。 「あたし今まで女友達なんて出来たことなかったよ」 「へぇ、意外かも。れなってこう、ヤンキーの先端を行ってた女子高生だと思ってた」 「ヤンキーの先端ってなにそれ」  彼の表現の仕方に笑い、沈没させたそれを見届けてから、彼がいるベッドにれなも乗った。 「あたしはヤンキーでもなんでもない、ただの遊び魔でーす」 「遊び魔?」 「うん」  キョトンとした顔になる浩斗に、彼には学生時代の話とかしていないことに今更気付く。しかし話すとしても、どんな男とナニをしていたかしか話すことは無い。 (でも、なんか・・・・・・)  しかしどこかこの純粋そうな顔に違和感を覚える。  どうしてそこでクエスチョンが出るのか。まさか学生の頃はまだ純情だと思っているわけではあるまい。 (ま、浩斗がどう思っていようが何でもいいか)  彼に自分がどんな人生を歩んできたかを説明する必要はない。そろそろこうやって通い妻みたいな状態をやめてもらうのだから。  けれどふと、今日友達になった橋本の言葉を思い出した。 ――――きっと月城さんが見つけたり、見つけてくれたりする方が、どこかにいらっしゃると思いますよ。  期待しているわけではない。今更乙女になるつもりもない。  それでもこの違和感と共に、少し試すような言葉を投げかけたくなった。 「あのさぁ、浩斗」 「ん? なに?」  ベッドでゴロリと転がり、彼の肩と自分の肩をぶつけ合った。 「あたしたちってセフレじゃん」  それはまだスタートも切らない言葉のつもりだった。  このあと、『彼氏彼女ってどういうものなんだろうね』とか『あたしたちは彼氏彼女とか作れないタイプだよね』など、そういうものを匂わす言葉を続けようと思っていたのに、浩斗は思ってもみなかった返事をした。 「え、そうなの?」 「・・・・・・は?」 「・・・・・・え?」 ――――一瞬にして、この部屋に漂う空気がおかしくなる。  浩斗は最初こそ先ほどと同じようにキョトンとしていたが、だんだんと眉を寄せ、口角を引きつらせた。 「待ってれな。俺らの関係って?」 「だから、えっと」  まるで責められているようなそれに、れなは目を泳がせてから言う。 「セフレ、でしょ?」 「・・・・・・・・・」  その答えにどう思ったのか、彼は仰向けになって両腕で顔を覆った。そして長く息を吐き、小さく「マジかよ」と呟いた。 「れなはずっと俺とセフレだと思ってここで寝てたわけ?」 「・・・・・・そうだけど」 「へー」  冷たい声にびくりと肩が動く。  れなは起き上がりベッドから下りた。 「なに、浩斗はずっとあたしのこと彼女だと思ってたわけ?」 「当たり前でしょ」  今度は強く返される。 「じゃああれ? もしかして俺とこういう関係になってから別の男と寝たこともあるわけ?」 「・・・・・・・・・・・・」  その問い掛けにれなはベッドからも少しだけ距離を置く。  コンと肘が小さなテーブルにぶつかり、灰皿の茶色に染まった水が揺れた。 「言えよ」  首を動かし、腕の隙間から視線がぶつかる。  瞳に宿る苛立ちが伝わるが、こちらだって突然の関係に異議を唱えたっていいだろう。  れなはグッと顎を引き、強く答えた。 「寝たよ。だってあたし、浩斗のことセフレとしか見てなかったもん」  それに浩斗は「あ、そう」と短く言い、溜息をつく。「でもさっ」とれなは続けた。 「付き合おうとか、彼女になってとか、そういうの全くなかったじゃん。ホテル行こうってだけで恋人関係になるわけ?」  全部こちらが悪いわけではない。彼の言葉だって悪かった。  そう言うけれど、浩斗は再び溜息をついてから上半身を持ち上げて言う。しかし顔は真っ直ぐ前を向いた状態で、視界にれなは入れていない。 「確かに俺も悪かったかも。いきなりホテルだったら勘違いもするよな。うん。でも俺ほぼ毎日ここ来てたじゃん。セフレってだけでここまでれなは許すんだ?」 「・・・・・・そうは、しない、けど。浩斗はそういう感じなのかなって思うじゃん。でもあたしもそろそろ通うのやめてって言おうと思ってたんだよね」  どこまでも責める姿勢の彼に苛立ち始め、語尾が強くなる。 (もういい。丁度いいやこれ)  れなはフっと鼻で苦笑し、もうこのまま関係を終わらせてやろうと口を開けば―――― 「ンだよそれ」 「わっ、ちょ、んン!」  浩斗はこちらを向き、れなの胸ぐらを掴んで引き寄せた。  噛みつくように口付けられ、否、実際に噛みつかれ、唇がじくじくと痛む。どうやらそこから血も出ているようで、舌が掻き混ぜる唾液は鉄の味がした。 「ん、んんん!」  その無理矢理なキスから逃れようと胸元を叩けば、ちゅっとわざとらしいリップ音を響かせながら浩斗は離れる。そして血が出ているのであろう場所の唇をペロリと舐めた。 「いっ」 「れなの心の中に俺は全くいないわけ。そんなどうでもいい相手と寝てたわけ。そんなんでれなは良かったわけ」 「ホストの言葉とは思えないねっ」 「ざっけんな」  言葉は物騒なのに、再び吸うようにキスをされ黙らされる。 「確かに俺はホストだけど、仕事としてこなしてるんだよ。どうでもいい相手と寝ているわけじゃない」 「ホストをバカにすんな」と胸ぐらを握り直し、続けた。 「俺はずっとれなのことが好きで、愛してるから傍にいた。仕事としてでもない、快感だけ求めてるわけでもない。れなだから一緒にいた」 「・・・・・・ンっ」  ちゅっとまた口付けられ、かと思えば今度は頬に、顎に、鼻頭にと、キスの雨が降ってくる。  優しいそれはきっと今までだったら雰囲気作りだとか、なんかそんな気分なんだなとか思っていただろうけど、浩斗が本当にこちらに好意を持ってしていることならば、と意識すれば羞恥と共に困惑が胸に溢れかえる。 「意味、分かんないって」 「なんで。好きだから一緒にいたって変なこと?」 「そうじゃなくて、なんであたしなんか・・・・・・」  言ってからハッとし、「やっぱ今のなし」と胸ぐらを掴まれながらもそっぽを向いた。  完全に今のは乙女の発言だろう。 (きもちわるっ)  自分で自分が気持ち悪い。  けれど浩斗は小さく笑い、「れなだからじゃん」と胸ぐらから手を離して、れなの手にそれを重ねた。 「初めて話して、指名してくれて。別に指名してくれたから好きになったわけじゃない。一緒に話して、笑って、気になって、一緒にもっと話すようになって、もっともっとれなのことが好きになった」 「・・・・・・分かんないってば」 「ま、セフレ作ってあちこちで寝てるれなには分からないかもね」  重なっていた手が簡単に離れ、感じていた体温が一瞬にして無くなる。  寂しいとは思わないけれど、好き、愛してると言った彼から拒絶されたような気持ちになる。だがそこでくじける自分ではない。 『そうだね、あたしには分からないから、あんたとはもう無理だわ』とつっぱねてやろうと思うも、先に口を開いたのは浩斗の方で、優しく口付けていたのは嘘だったかのように手で強く顎を掴まれ、顔を合わせるように上へと無理矢理上げさせられた。 「っ――――!」 「でも分かんないからって、今までのことは全部ナシってことにしていいわけないよな?」  舌が伸び、唇を辿る。  傷があるところはピリっと痛み、こちらが口を開けばきっとまた深くキスされると思い、黙ることしか出来ない。 「れなは俺の彼女だよ」  驚きに目を見開く。しかしそのまま浩斗は続けた。 「んで、俺はれなの彼氏。これで解決、万々歳じゃん」  ベッドから下りながら、唇を舐めていた舌が首筋まで下りていく。 「ちゃんと意識して。れなは俺の彼女。分かった?」 「っ、分かるわけないっつーの!」  彼の肩を押し、身体を引き剥がそうとするも、男の力に女が敵うわけがなく、そのまま床に押し倒された。 「あたしはっ、浩斗のこと好きでもないしっ、愛してもない!」 「そっか。それは残念」 「やっ、痕つけないでっ!」  鎖骨の辺りにチリリとした痛みを感じ嫌がるも、満足げな笑みを浮かべた浩斗に、れなは唇を噛み締めてから叫んだ。 「最低っ! あんたなんか嫌いっ! 出てって! 早く家から出てってよ!」  ジタバタと足を動かす。これ以上なにかされるのは我慢ならない。しかし呆気にとられるほど、浩斗は「うん」と頷いて離れた。 「今日は帰るよ。俺もこのままじゃ、れなに何するか分かんないし」  倒れているれなを引き起こし、痛みを感じるほど強く抱きしめられる。 「でも忘れないで。俺はれなの彼氏で、れなは俺の彼女。他の男が触っていい女じゃ無い」 「勝手に決めんな」 「そうやって強がるところ、可愛いだけだから」  腕が緩み、そっとまた口付けられた。  いつもの浩斗のキス。優しくて、性急じゃない、こちらを溶かそうとする。  舌を噛んでやろうと歯を立てるも、どこまでも甘い口付けを傷つけるようなことは出来なくて、それが悔しくて自分を殴ってやりたい。  離れれば名残惜しいというように口角に口付けて浩斗は立ち上がった。 「んじゃ、俺帰るね」 「・・・・・・二度と来んな」 「おやすみ」  こちらの言葉を無視しし、微笑んでそう言う。そして浩斗は部屋から出て行った。  バタンと玄関の音が響いたところで、れなはまた床にバタリと倒れて大きく息を吐く。 「マジでなんなの? わけ分かんないし」  舐めれば痛む唇に、痕をつけられた肌。  まさか彼が恋人関係だと思っていたなんて、どうしてこうなってしまったのだろう。  いつだって寝た男はこちらがどれだけ遊んでいるか理解していたし、それで問題に発展したことなんて無い。  だから今回だって、セフレ解消というだけで終わる関係だと思っていたのに。 「全部あたしが悪いわけ? んなことないよね? 普通ホテルに誘われるだけなら勘違いするってーの」  浩斗がいなくなり冷静になればなるほど苛立ちが増していく。 「くそったれ」  汚い言葉を吐いて、起き上がる。そしてテーブルに置いてあるスマホに手を伸ばした。  こういう時こそセフレの使いどころだろう。この苛立ちを忘れるまで快楽に浸かってやる。  画面をタップし、スクロールする。  並んでいる番号を見て、次を見て、またスクロールして、結局それ以上さがれなくなる。 「・・・・・・・・・・・・」  会いたい人がいない。  身体を重ねようと思う人がいない。  いっそネオン街まで行って、行き当たりばったりで寝てしまおうか。 「・・・・・・もういいや」  れなはスマホを床に放り、ベッドに上る。  ゴロンと横になって、久しぶりに広いそこに手を伸ばして「いいじゃん」と鼻で笑った。 「たまにはひとりで寝るのもいいよね。歳も取ったし、体力大事」  そう言い、身体を丸める。そこでふと思う。 「違う。あたし、いっつも独りじゃん」  誰かと寝たって、行為が終われば隣で寝てようが用済みの相手。  いつだって自分は誰かと寝ながらも、もう必要の無い女としてベッドに横たわる存在だ。  それはれなから見れば相手も同じで、一緒に寝ているわけではない。 「ははっ、今更だっつーの」  笑って顔を覆う。  泣く必要なんてない。寂しいなんて思ってないのだから。  独りの何が悪い。 「あたしは、弱くない」  自分に言い聞かせるように呟き、涙が込み上げないようぎゅっと目をつむり、深く呼吸をし続けた。
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