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 私のお母さんは、魔法使いなんだと小さい頃は本当に思っていた。  イヤ、思わされていた。  だって、私の歳は毎年増えているのに、お母さんの歳はずっと28歳から変わらなかったし。お腹が痛くなった時、お母さんがおまじないを唱えながらお腹をさすると、痛みは消えたし。お父さんが「あれ」って言っただけで、「どれ」なのか分かって、手渡していたし。  だから幼稚園に通い始めた頃、「お母さんは魔法使いなんだよね。」とこっそり7つ年上のお兄ちゃんに確認した。そうしたら返ってきた言葉は「魔女」だった。  「いいか、里奈。お母さんは魔法使いやなんて生温(なまぬる)いもんや無い。魔女や魔女。お母さんの繰り出す魔法はえげつないでぇ~。」  その言葉は、まだ小さかった私の純粋な心に大きく影を作り、怖くなって泣いてしまったほどだった。  お兄ちゃんにそう言われてから怖いながらも、注意深くお母さんを観察すると、確かに魔女的要素はあって、お兄ちゃんはよく魔法に掛けられているようだった。  我が家の暗黙のルール。  『家族の誰かがボケたら、必ずツッコむ事。』  これはボケが、小さくても、大きくても、その場に居た人はツッコまなければならない。というもの。  お調子者のお父さんは、事あるごとにボケ。しっかり者のお母さんは、きっちりツッコむ。しかしお兄ちゃんはボケもツッコミも微妙過ぎて、笑いよりも失笑を得る事の方が多い。でもこの失笑をしっかりとしたツッコミっで見事な笑いに持って行くのが、魔女の魔法。  自分の意図せぬ笑いが起きる事と、自分の出番をかっらわれるというダブルのダメージを受ける事になるお兄ちゃんは、大学進学で家を離れる事を、心から喜んでいた。  なので、お母さんは我が家の「魔女」なのだ。  その魔女が気まぐれに、ゲームという名の魔法をかける。  それはクリア出来れば小さな幸福が訪れるが、ゲームオーバーになれば地獄の日々が始まる。  そのゲームは、その時々によって変わり、一番最近は、3種類の写真それぞれに面白いタイトルを付ける。というものだった。私とお父さんは何とか「小笑い」を2つと、「大笑い」を1つ獲得し、地獄を免れたのであった。  もしこれに、笑いのセンスが無いお兄ちゃんが加わっていたら、きっと地獄を味わっていただろう。  ちなみに「地獄の日々」とは、急に「粗食週間」が始まり、食卓に並ぶおかずが質素になるばかりか、制服のカッターシャツにアイロンがかかっていなくて皺だらけだったり、シャンプーが空っぽのままだったりと、いわゆる罰ゲームなのだが、地味なわりに、ダメージを喰らう、恐ろしいものなのだ。  しかしながら、この地獄の日々を体験すると、お母さんが普段してくれている事のありがたみや、気遣いに感謝を覚える。日常は決して当たり前にあるのでは無く、当たり前のように作ってくれている物なのだと実感する。  そして今回も、ゲームという名の魔法が掛けられた。  私は1秒も無駄にすること無く、学校から帰って来て、夕飯が出来上がるまでの間、宿題もせずに、今朝渡された写真と問題文を眺めている。  【①この写真に写っているもの。】  とは、正に着物姿のお母さんの事だろうか?  じっくりと写真を見ながら、写真が撮られた日の事を思い出す。  いとこの紗帆ちゃんの結婚式。  新しく下ろした草履の鼻緒が痛いからと、式直前まではスリッパを履いていて、控え室で久しぶりに会った親戚のおばちゃんたちと世間話に花を咲かせていた。そして式の時間になって参列をし、集合写真を撮る時に、スリッパのままだと気が付いた。急いで草履に履き替えて素知らぬ顔で写真に写ったのであったが、やっぱり鼻緒が痛いからと、披露宴のテーブルについている時はスリッパに履き替えていた。だから、この時のお母さんを捉えた写真をよく見るとスリッパを履いている物と草履を履いている物があり、結婚式後に親戚が集まった時は、写真を持ち寄って、お母さんのスリッパ姿を探すのが、間違い探しのゲームをしているように盛り上がって、一時、親戚の間でブームになった。  普段ツッコミ役が多いお母さんは、慣れないネタ元になって最初は恥ずかしそうだったけど、直ぐにいじられる美味しさを知って、その後、この話題になると、得意気な顔を隠そうとはしない。  とりあえず、写真に写ってるモンをノートに書いて見よ。何かそれだけでも一生懸命、考えたようにみえるしな。  もし正解できなかったためのいい訳として、自分の働きぶりをアピールするためにも堅実な方法だと思い、自分の部屋から新しいノートを取って来て写真に写る物を羅列した。  ・着物(紫)  ・お母さん  ・帯(銀)  ・草履(銀)  ・かんざし  ・ビール(コップ)  ・結婚式場  私に分かる物は、このくらいかな。お父さんにも聞いてリストを増やそう。  「ただいまっ。里奈、どやっ、進んだか?」  いつもより早い時間に帰って来たお父さんは、寂しくなってきた髪を振り乱しながらリビングに駆け込んできた。  「イヤ、まだ取り掛かったとこ。とりあえず①の写真に写ってるモンを書き出してるとこ。お父さんも分かるもんが有ったら書いて。」  そう言って、乱れた髪を指摘する事なくノートと写真を差し出した。  「よっしゃっ!まかしときっ!」  お父さんは威勢よく私の手からシャーペンを取ると、まず、私が書き出しておいたリストを見た。  そして、少し考えて口を開いた。  「里奈、この2番目の『・お母さん』は、ちゃうと思うわ。」  「何で?」  「もし、『お母さん』が答えやったら、『奇跡の一枚』を出して来んハズが無い。」  『奇跡の一枚』それは、お兄ちゃんの成人式の時、写真館で家族写真を撮った時、奇跡的にお母さんだけ、ものすごく綺麗に写っていて。それを気に入ってお母さんの部分だけを引き延ばして、写真立てに入れてリビングに飾っているのだ。  私とお父さんはテレビ台の上に飾られている、『奇跡の一枚』を見て、頷いた。  「確かに。」  
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