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 とうとうこの日がやって来た。  夕飯後、食卓を片付けると、発表の時間となった。  まるで夏休みの自由研究を発表するみたいに、私とお父さんの「謎解き研究会」は、緊張しながら席に着いている。  「では、答えを発表してください。」  お母さんが私達を見て、かしこまって言った。  キレイに片づけられた食卓に、私は問題がかかれた紙と、お母さんが写る写真を広げた。そして、ポケットからスマホを取り出して、1枚の写真を表示させると、お母さんが写る写真の横に置いた。  「まず、【③アオが大好きなもの】はこのスマホに写ってる、おもちゃ。  これにはマタタビ成分が入っていて、どんな猫もイチコロらしい。だから、 アオ=猫、で、猫が大好きな物=マタタビ。で③の答えはマタタビ。」  まず、自信のあるものから回答していくことにする。正面に座る微笑みを携えたお母さんは、小さく頷いた。  当たり⁉  お父さんと目を会わせて、力強く頷き合った。  「次に、【②お父さんのスーツ、右から3番目。】は、これです。」  お父さんに目で合図を送り、リビングのカーテンレールに掛けておいた、お父さんのスーツを取って来てもらう。  「これは、クローゼットに入っていた、右から3番目のスーツです。特に変わった物でも無ければ、記憶に残るようなエピソードを持ったものではありません。」  自信有り気に話してはいるけど、これについては少し不安が残っている。  話ながらお母さんの表情を読み取ろうとするけど、お母さんの表情は、さっきの③の答えを聞いていた時と変わらない。  「だから、スーツ自体を観察しました。もう何年着ているか分らないほどの使用感。生地の痛み、ボタンの止め具合、型崩れ。これらを総合して、②のスーツ=『くたびれている』。よって、②の答えはくたびれ。」  えぇい!どやっ?  自信がない時ほど、自信満々に。間違っていても、「正解かも?」と思わせるくらいの圧で言う事。  とYouTubeが言っていた。  正解を願う気持ちを込めて、さっきよりも強めに答えを発表する。  お母さんは、微笑んでいた口元をより大きく綻ばせて、大きく頷いた。  「やった!」  私は思わず、声を上げて喜んだ。  「おぉ~。」  お父さんは、手を叩きながら感嘆を漏らしている。  いよいよ最難関の【①この写真に写っているもの】の発表だ。  私は心臓の音がLIVEのスピーカー位の爆音に聞こえて、落ち着かすために、胸を押えて深呼吸をした。  「では、最後に【①この写真に写っているもの】ですが、この写真は紗帆ちゃんの結婚式で撮られたモノですね。」  私の問いかけに、お母さんは頷いた。  「この日、お母さんを撮った写真には2パターンあります。緑色のスリッパを履いたモノと、銀色の草履を履いたモノ。これは、草履を履いたモノです。」  写真の下に写る足元の草履を指さした。  「答えが『着物』や『帯』であればスリッパを履いたモノでも良かった。また答えが『お母さん』なら、この写真じゃなくて、あの奇跡の一枚を出すハズ。」  ここまでは、お父さんと意見が一致している。  「この写真でなければならなかった理由、それは、草履を履かなければ写らないからです。つまり、①この写真に写っている物=足袋(たび)。①の答えは足袋。」  正解かどうか確かめたくてお母さんの表情を見たけど、リアクションは無く、さっきと同じ表情をしているだけ。    もう、このまま最後まで行ってまうからなっ!  心の中で叫びながらお父さんを見た。  お父さんは胸の前手を握り、祈るように私を見た。    もう、後には引けへん!行くでぇ~。  私は心の叫びと反対の落ち着いた声で、このゲームの答えを言った。  「①たび   ②くたびれ   ③マタタビ  この3つに共通するもの、それは『たび』。よって、このゲームの答えは『たび』です。」  お母さんの目をジッと見る。  私の頭の中には正解が出る前に流れる、ドラムロールが鳴り響いている。  お母さんは、前のめりな私とお父さんを交互に見て、たっぷりと間を取ってゆっくりと口を開いた。  「正解‼」  「やったぁ~!」  「おぉ~!やったなぁ、やったなぁ、里奈!」  この時ばかりはお父さんと手を取り合って喜びを分かち合った。  「ゲームの答えは『たび』。ということで、お母さんは明日から旅に出てきます。」  へっ??  どういう事?  天に上った様な喜びから、一気に地上へと引き戻された。  私とお父さんは、声も出ないまま、パチパチと瞬きを繰り返すだけ。  「懸賞で2泊3日、湯布院の旅。が当たっててな、お姉ちゃんとスケジュールが合うのんが明日からしか無くて、急やけど。」  お母さんの趣味は懸賞の応募。今までに、食器や、家電、選べるギフトとか、色々当たってきたけど、温泉旅行は初めてだ。  「母の日には被らんように調整したし、心配せんと準備してくれていいしな。ほなっ、旅行の準備せんなんし。解散!」  ご機嫌に鼻歌交じりにリビングを出ていくお母さんの背中を、お父さんと二人、ボー然と見送った。  お母さんの話を理解するために、お父さんが言葉にする。  「明日から2泊3日の旅行…。母の日…。はっ、母の日や!!」  私達はまたお互いに顔を見合わせると、ゲーム突破のお祝いをする事も忘れ、テーブルに着いた。  我が家の母の日のプレゼントは、「物」では無く、「楽しいひと時」を提供する事になっている。  「楽しいひと時」って、提供する側は「苦悩のひと時」だ。  「去年の母の日は『我が家のすべらない話』やったし…。」  「あれは、キツかったな。大体面白いと思った話はもう既に話してるからオチは分ってるし、新しいネタを探すにも、決めてから母の日になるまで期間が短すぎたしな。」  「ほな、今年は仕込みの期間が短いもんで、お母さんが食いつく様な、(なん)か無いかな?」  「お母さんが食いつく(なん)か?」  最近お母さんがハマってるのんって…。懸賞応募と…。アオと…。クイズ番組!  そうや。クイズ番組や!  今回のゲームも謎解き的な感じやし。こっちもクイズでお返しや!    「お父さん、私、良い事思いついたで!」  「なっ、何や!」  「今回のゲームがクイズやったから、クイズをお返しするっちゅうのんはどう?」  かなりのドヤ顔で提案をする。  「おぉ~!!えぇなぁ。同じことの繰り返し、あえて企画を被せるところもセンスいいなぁ。」  お父さんも満足そうに頷いた。    こうして私達はまた気付かないうちに魔法を掛けられて、「お楽しみ」を考えてしまっている。    あぁ、我が家の魔女はこうしてまた、家族だけに魔法をかける。        
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