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いちごマジック
スーパーに入っていちばん最初に目に付く棚に並ぶのは、カラフルな果物たち。黄色はバナナ、橙はみかん、そして赤はいちご。
なかでも走りのいちごには大袈裟なディスプレイが施されていた。陳列棚にはレッドカーペット、その上にはふわふわの白い紙パッキンが雪のように敷き詰められている。
その真ん中に、つやつやと輝く赤い果実が鎮座していた。
「980円」
俺は思わず値札を読み上げていた。
「昼飯が腹いっぱい食えるな」
「ファミレス?」
すかさず聞き返したのは、俺の横で買い物かごを持つ彼女だった。こういうくだらないことは耳聡く聞きつけるくせに、俺がいくら話しかけても返事すらしないこともある。気まぐれなのだ。
期待を込めてきらきらと――いや、爛々と輝く瞳が見上げてくる。俺はため息混じりに答えた。
「行かないよ」
「えー」
「この前行ったばかりだろう」
「もう、だいぶむかしだよ?」
「先週の日曜日だ。全然昔じゃない。そういうのは『つい先日』って言うの」
「そんなむずかしい言葉、知らない」
「じゃあ覚えろ。つい先日、だ。……今日はオムライス。お前、好きだろ」
勢いよく頷く彼女を促し、俺は果物の売り場を後にして精肉コーナーへと向かった。彼女も後ろから付いてくる。
「オムライスの材料は」
「ごはん、トマトケチャップ、とりにく、たまねぎ。あと、卵、かな?」
「正解。……家になかったのは、たまねぎと鶏肉だな」
「とりにくって、これ?」
そうそう、と俺が返事をすると、彼女は鶏肉のパックをかごへと放り込んだ。一仕事終えた自慢げな表情でこちらを見上げている。
「たまねぎは、さいしょのところ」
「ああ、わかってる」
青果コーナーに戻らねばならない。しくじったな、と思った刹那、彼女は得意げに言った。
「いちごのうしろに、あったよ!」
* * * * *
たまねぎを追加し、重くなったかごを引きずるように彼女は歩く。疲れた、もう無理、と言って立ち止まったのは、案の定いちごの棚の前だった。
今日はどうやら、俺の負けだ。
「食べたいんだろ。かごに入れていいぞ」
「でも、高いでしょう?」
五歳児らしからぬ気遣いに、俺は思わず微笑んだ。それでも、きらきらと輝く表情、嬉しさを抑えきれない笑顔で尋ねるその仕草は、まるで亡きあのひとのようだったから。
「子供はそんなこと気にしなくていいんだ」
「こどもじゃないもん」
彼女は背伸びしてレッドカーペット上のいちごのパックを掴んだ。そして、本物の宝石でも扱うかのように、そっとかごに入れる。
あのひとも、いちごが好きだった。子供扱いするとすぐに頬を膨らませていた。好物を買うのにもわざわざ俺に尋ねてくれて、でも幸せそうな顔で『いいの?』と念を押して。
「……今日のいちごは、きっと酸っぱくて涙が出るなあ」
知らず口に出していたらしく、彼女は「そうなの?」と声を上げ、目を丸くしている。思い出に囚われそうになった俺は、その悲鳴のような声で我に返った。
俺の上着の裾を、彼女がクイッと引く。
「じゃあ、これも買っていい?」
小さな手には、いつの間にか牛の顔がプリントされた真っ赤なチューブが握られていた。
「これは魔法のミルクだから、どんないちごでも甘くなるんだよ。ママ、言ってた」
「……そうか。じゃあ、ママの分も買うか」
彼女が満面の笑みで見つめる中、いちごと練乳をもう一組取ってかごへと入れる。彼女には重すぎるであろう買い物かごを、俺は横取りして持ち上げた。
「ああっ! わたし一人で持てるよ」
「俺が持ちたい気分なんだよ」
「ううん、じゃあ、仕方ないからゆずってあげてもいいよ」
君のかけた魔法は、今も俺たちを幸せにしてくれているよ。
他愛ない日々だけれど、まるで宝石のような輝きの一粒一粒を、俺たちは今日も大切に磨いていく。
いつかあのひとに出会えたときには、自慢できるように。
俺も、あの子の魔法使いになれたぞ、と。
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