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「そうなんです! とても助かりました! あの、だから、これはそのお礼で!」
及川は再度花束を突き出した、それを真歩は視線でけん制する。
「要らん、持って帰れ」
「でも」
「ここで会ったのも何かの縁だ、とっ捕まえてその薔薇ごと楠組に送りつけてやるか」
良が言いながら笑顔で廊下をやってくる、聞いた真歩は拳を握り締めた。
「じゃあ、俺が先鋒で」
鋭い視線と慣れた様子で身構える姿に、及川は冷や汗が流れる。
「はいはい! じゃあ私、中堅!」
裕子が元気に手を上げるが、お前は引っ込んでろと真歩にいなされ不服そうに「えー」と声を上げる。それには及川はありがたいと胸を撫で下ろした、楠組の男たちを薙ぎ倒した様子を思い出せば自分では到底敵わないと分かる。
「んじゃあ俺が大将で、ってまあ、俺まで回ってこないだろうな。真歩、手加減無用だ、どんな姿になっても構わねえ、尻拭いは楠組にさせる」
言葉に素直に了解と答える真歩に、及川は青ざめじりじりと下がり始める。大きな花束を持っていては逃げきれない、その場に落とすと踵を返し、3段だけある石の階段を駆け下り開け放たれていた門扉を押しのけ脱兎のごとく走り出す。
そんな姿を見て、真歩は遠慮なく舌打ちをした。
「逃げやがって」
「まあまあ、あんなクズに時間と労力を費やすこともない」
良が慰めようと肩を優しく叩いた。
「あいつは」
真歩が問いただす。
「羽中田会って反社会勢力の跡取り息子。まあ父親が溺愛すぎてバカになっちまった典型だな。どこに行っても鼻つまみ扱いだから、気にすんな」
だったらむしろ本気でフルボッコにしてしまいたかったと思うが、確かに追いかける価値はなさそうだ。
「あー薔薇……もったいない」
裕子は玄関先で地面に叩きつけられた薔薇の花束を思う。落ちた衝撃で花びらは少々飛び散り、折れたものもある。裕子は玄関にあるサンダルに足を入れる。
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