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「うちは会話も多くなかったです」
子供の頃から、鈍臭い私はみそっかすだった。
「ああ、姉とは子供の頃は時々口喧嘩しましたけど」
お菓子を取ったとかならまだいい、うるさいから静かにしろとかも言われたのは、傷ついた。
「同性だとそうかもね。僕もすぐ下の弟とはよく喧嘩するよ。喧嘩と言ってもやられっぱなしだけど」
「先輩、優しそうですもん、そんな感じがします」
と、そこへ、
「岩崎ぃ!」
四年の男子が雪崩れ込んできた!
「なんや、早速口説いてんのかい! 珍しいな、身持ちの硬いお前が」
「久々に関東弁を聞きたかったんだよ」
ふーん、そうか……っていうか、見た目で出身地なんか判る?
酔っ払いに絡まれたからか、先輩は男子を引っ張りながら立ち上がった。
「あ、お名前、聞いてもいい?」
長身をかがめて聞かれた、上から降る優しい声色に、私はどきっとする。
「月岡香織です……」
「月が香るか。なかなか風流な名前だね」
彼は微笑んで言った、風流? そんなこと初めて言われた。
「香織さん」
去り際に囁く様に言われた、名前で呼び……! 急激に顔に熱を感じる!
「は、はい」
喉の奥で返事をすると、彼はもっと深く微笑んだ。
「またね」
「はい」
思わず、そう返事をしてしまったけれど、また? またって?
男子学生と離れていく先輩に聞くこともできるわけもなく。
その後は、私は岩崎先輩の姿を、もう視界に収めることができなかった。
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