#22 散る恋(小説家×リーマン)※金銀スピンオフ

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仕事柄、時間の感覚は薄く、そして真夜中にふらりと外へ出たくなる時もある。むしろ昼間の外出は苦手だ、人の多さに酔ってしまう。横浜の元町という歓楽街に住んでおきながら言ってはならない文句なのだが。 散歩は横浜山手の高台や山下公園など、飽きることがないのはありがたい。もっともそれが楽しいのはやはり季節がいい時、真冬などだと深夜営業の飲食店へ出向くのが決まりだった。 秋の終わりの土曜日だった。ふと仕事に行き詰まり、行きつけといっていい近所のバーへ出かけた。 営業は朝方まで。カクテルを2、3杯と、肴というより軽い食事を摂って気分転換をするにはもってこいの店舗だった。 財布だけを持った程度の手ぶらといっていい身支度で伺う。仕事柄人と関わることが少なく、独り暮らしでは言葉を発することも少ない私にはうってつけの場所だった。 静かな店内でバーテンダーと言葉少なくも会話をしながら酒を進めていた。 そこへドアが開く気配がする。 「いらっしゃいませ」 バーテンダーが私の前から離れながら声をかけた、こちらへ、とカウンターの席を勧めるのが聞こえる。 しかしまもなく、 「あの、お一人なら、お隣よろしいですか」 声をかけられ顔を向けていた、長身の30代前後と思しき男性だった。 薄手のコートは前がはだけていて白いネクタイが見えた、ハレの日の帰りか──とそのかんばせが目に入り不覚にもときめく。どストライクに好みだった、細面で整った醤油顔、確実にイケメンのグループに入る人だ。 こちらも20代も後半になり親にはいい人はいないのかとせっつかれているが、別に男性にまったく興味がないわけではない、単に出会いがなさすぎるだけだ、そしてあってもまったく心惹かれることはなく……そんな自分にも一目惚れなどあるのだと感心した、酔っているのだろうか。 「どうぞ。間もなく帰りますけど」 「ああ、そんな。いえでも少しだけでも。僕もちょっと気分が高揚してるのか、もう少しゆっくりしたいのに、皆帰ってしまって」 聞けば四次会へと誘ったが、午後イチから始まった結婚式と披露宴から参加した者など疲れ切っているのだろう、付き合ってくれる者はいなかったという。 「一人でじっくり飲みたい気分でもないので。ありがとう、助かりました、付き合ってくれる人がいて。しかも美人さんだなんて」 そんな軽口に答えるほど私もできた人間ではない、完全に無視したが気にはしていないようだった。 バーテンダーが彼のコートを受け取り、カウンター奥にしまった。そして彼にはハイボールを差し出す。 そのグラスを持ち上げた左手の薬指に指輪を見つけた──なんだ、既婚者か──心の奥でほころび始めた蕾が急速に萎むのを感じた。それもそうか、これほどのイケメンを放っておく女はいないだろう。 まあいい。彼のこの一杯が終わるまで話に付き合おう、まもなく終電だ、それまでの短い逢瀬を。
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