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「……内職をね。まあ気が向いた時に」
彼は「へえ」と答えたきりで、拙著ではない本を手に取りパラパラとめくり中を確認した。それではないと思ったのか、次のものを手にする。
マグカップを二つ出した、揃いなどオシャレなものはない、お菓子屋のスーベニアでもらったものが客人用だ。
そこへインスタントのコーヒーをスプーンで2杯。
「砂糖やミルクは?」
「要らないです」
次の本を手にした彼が応える、よかった、ミルクと言っても牛乳しかない、これで生クリームじゃないとなどと言われたら困る所だった。
少し待てばお湯が沸く、それをマグカップに注ぎキッチンを出た。
「どうぞ」
ソファー前のローテーブルに置きながら言った、彼はありがとうと言ってなおも本を探していた。なんなら手にした本は貸してやってもいいが、返しに来るのも面倒か。あげてしまってもいいが、それはそれで彼は喜ぶだろうか。
私の分は仕事道具がある机へ。机は壁に背を向ける形で置いたのは部屋を見渡していたいからだ。
「寒ければ暖房を入れるが」
夜だ、じっとしていれば冷えるだろう。
「いや、大丈夫だと思う──ところで、上の方の本は、どうやって取ってるの?」
彼が天井付近を指さし聞いてくる。
「ああ、椅子を使って」
キッチンに向かう形であるカウンターに使う座面が高い椅子を運び、そこに膝をかけて手を伸ばした。
「どれ?」
「自分で取るって」
彼が笑顔で言うので、私は素直に椅子から降りた。
その時彼と今日一番に接近した、指一本分しか離れていないほどに。
「──背が、高いね」
170センチだ、彼とほとんど視線が変わらない。
「ああ、おかげでかわいくない女として生きてきた」
可愛さにもお洒落にも興味がなかったのもある、スカートなど制服でしか着ていない、髪は長いが後ろひとつに束ねるばかりだ。
「──そんなことない──かわいくて、かっこいい女性だと思う」
「気を使ってくれなくて大丈夫だ」
かわいいなどと、そんなことは自分でも期待してない。
「──本当に」
彼の手が本棚にかかり、自身の体を支えた。そして体が近づくのを感じる、実際には頭が──恋愛の経験値が低い私にだって判る、これはキスだ。
私はただ直立してそれを受けた、おとなしく待っていたのは何を期待していたのか──一瞬だけ重なり離れた唇、これで終わりかと思ったが違った、彼は再度唇を押し付け、わずかに吸いあげる。
ため息が漏れそうになるのを堪えた、全身が沸騰し舞い上がりそうになるのを、あるいは力が抜け膝から崩れそうになるのを懸命に耐える。
彼は私に触れようとはしなかった、だが私は逃げられなかった。
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