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それは私の小説家としてのペンネームだ、違う、と答えてもいいだろうが、嘘はつきたくなかった。だが読書家の彼にそうだと言うのはなんだか憚れてただ微笑むだけで返事に変えた。
「ああ……そうですか、だから詳しくて……情報量も半端なくて……あ、俺、『火の中』好きです!」
3年前の著作だ、それがすんなりと出てきたことが嬉しかった、笑みがこぼれてしまう。
「そうでしたか……あなたが高階サツキさんとは……」
彼は笑顔になって私の本を手に取った、パラパラとめくる様子を見ながらお湯を注ぐ。
「あの、今も執筆中ですか?」
「ああ」
「新作ですよね、見させてもらえませんか」
「書きなぐっている最中だ、面白くないぞ」
「えっ、見せてくれるんですか」
「どうぞ」
コーヒーを運びながら言えば、彼はいそいそと机に向かう。パソコンの画面を見る彼の瞳は輝いていた、やはりかなりの読書家なのだろう。
彼のマグカップは机に置いた、彼はありがとうと言ってそれを手に取ると息を吹きかける。
「面白いです」
彼が笑顔で言う。
「ずいぶんハードルが低いな」
私は苦笑いで答えた、思いつくまま書いただけの場所だ。
「いや、面白くなりそうな予感」
そんな風に微笑みマグカップに口をつける彼がかっこよく見えた。
読み続ける彼を見つめていた、明るい場所でも見ても好みだった、こんな男と過ちとはいえ関係を持てたことが嬉しくなってしまう──よからぬことを考えてしまったと頭を振った。
やはり改めて店で会う約束をしたほうがいい、二人きりになどなるものじゃない。
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