#22 散る恋(小説家×リーマン)※金銀スピンオフ

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「──私は買い物に行くから今日は帰ってくれ。明日店に行く、話ならその時に」 「そんな、ここならこんなに本があって楽しいのに……あ、この物語のラストを教えてくれるとか」 「バカなことを。家族にも話さないのに」 「えーダメですかー? 俺とあなたの仲で──」 言って彼は私を見つめる、目が合って私は動けなくなった。彼が言うところ──仲とは、その関係のことだろうか。 思い出してしまう、いけないと思いながら求め合ってしまった夜を。無我夢中に貪り合った夜を。 あの晩だけなら酔った勢い、始発が始まるまでの時間潰しだったと言い訳できる。この人とは恋愛感情などなく、ただ体だけの関係と──そう、体だけの関係ならばいくら求めてあってもいいのだ。もう一度抱かれたい、熱く硬い腕の中に。 彼も同じ気持ちなのか──私が目を閉じたのが先なのか、彼が私の頬に触れたのが先なのか──もうどうでもよかった。 私たちは、いけない沼に落ちてしまった。 ☆ 彼の来訪は多くない、二週に一度か三週に一度か、そんな感じで私の元にやってくるようになった。 来るなと言いながら、私は彼を受け入れていた。 肌を重ね、その後はコーヒーを飲みながら日常や本のことを語らいわずかな時を過ごして帰っていく。 私は彼の名前を尋ねなかった、どこに住んでいるかも知らない。そうすることで彼とは体だけの関係だと割り切ろうとしていた。 彼の来訪を、抱かれることを、幸せだと思う気持ちは隠し続け逢瀬を重ね、やがて春の声の陽気に心が緩み始めたころ。 月のものが来ないことに気づいた、心当たりなどありすぎる──最初の2回は避妊などしていなかった、もちろん外へ出していたがそんなもの効果がない証拠だ。 近所の産婦人科へ行けば、間違いなく妊娠していた。医師は私が独身だと言うことなど関知しない、妊娠から随分時を過ぎていることも詮索せずに、次に来る時は母子手帳を持ってきてと予約を入れてくれた。 既婚男性──子育てもしている。そんな人の子を身籠った、悩むまでもなく結論は出ている。 子は諦めなくてはいけない、彼の家庭を壊す気はない。私たちは体だけ関係、金こそ発生していないが客を取っていたようなもの──彼の愛情などこれっぽっちも望んでいない。 それでも。 20代も後半、女も結婚も諦めた私が愛する男の子どもを身籠った、それに幸福を噛み締めていた。 あなたが分けてくれた命を、生み育てたいと望むことを許してほしい。
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