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☆
やがて私は一人の男児を産んだ。
生まれながらにして父がいない子──名前はせめて君は愛情あふれる人生を歩んで欲しいと『愛』という文字を選んだ。男子だ、『めぐむ』と読むようにした。
だが私の願いは虚しく、君は捧げる愛に生きた。それも私の子らしくてよいか。
近所の公園で出会った少女がいた。おもちゃや動画にも興味を示さなかった愛が、珍しく自ら歩み寄り名を聞き、以来その公園によく行きたがり、幼稚園も同じところがいいと訴えるほどだった。
なるほどなるほど、早くも想い人か、ませててよいなどと思ったが、それは完全に愛の片思いで終わるのは、ずっと後の話だ。
彼との文通は、しばらくは続いていた。だが出産、育児と忙しくなったころに私から送ることなくなるとフェードアウトするように終わっていた。
それでいい。あなたはあなたの人生を歩むべきだ。ほんの僅かに交差してしまった私たちは、ここでまた別れて進んでいく。
そう、思っていたのに──彼は再度現れた。
愛が片思いをする少女には年が離れた兄がいた。その兄が愛も一緒に遊びによく連れ出してくれた。その日もそうだった、夕方近くになり愛を家まで送り届けてくれた時、彼が遠くから見ているのを見つけた。
久々に来たのか、家を訪ねないまでもよく来ていたのかは判らない。でも私に会う理由はない──来るな、と視線に込めてみたけれど、彼の引きつった顔が見えた。
なぜそんな──ああ、少女の兄を特別な関係と思ったか。兄は中学生だが大柄なほうだ。その誤解はむしろありがたい、若い男を連れ込んでいると思ってくれたらいい。
「──少し上がって行ったら?」
言ったが兄はいえいえと断る、今度は少女に声をかけた。
「裕子ちゃん、お菓子、食べていくか?」
言えばにこりとかわいい笑みを浮かべ「うん」と答える、よしよしと三人を招き入れた。ご丁寧に兄の背に手をかけてまで。
ドアを閉める時彼の姿を確認する。引きつった顔のまま踵を返す、その背を見送った──これでいい、彼はもう来ないだろう、寂しさはなかった、だって私はもう終わっていた、あなたももう終わりにして。
私にはあなたがくれた命がある、それだけで十分。
あなたはあなたの人生を。
どうぞ、お幸せに。
終
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