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「いえ、そういうわけじゃ……」
引っ越ししてきてまだ二か月ほど、特に親しい友人もいないし、親が勉強に専念しろと言うからバイトも禁止。ひとり暮らしの家に帰っても暇だから、とは言えず。
「まあ……好きですけど……」
岩崎先輩は優しい笑みを浮かべた。こんなイケメンで、こんな風に笑うなんて、本当に卑怯だよね。きっと今までたくさん女を泣かしてきたに違いない。
その時舌打ちが聞こえた、何気なく視線を向けると、女の人が睨んでいた。
……岩崎先輩のそばにいるな、という意味だと、すぐに判った。
先輩も気付いたみたい。
「図書館で賑やかにしたら駄目だね。ちょっと出ようか」
岩崎先輩は、広げていた本を閉じた。
「え、でも、岩崎先輩は卒論が……」
「まだ期日は全然先だから大丈夫だよ。少し息抜き」
そう言って連れ出してくれたのは、駅前のカフェだった。
「少しは京都に慣れた?」
先輩はコーヒーをブラックで飲んでいた。なんて言うか。カップを傾ける、そんな動作すらかっこいいと思える。
「慣れたのは学校と寮の往復くらいです。観光は、有名なお寺には行きましたけど。しかも土日に」
「まあ、有名なところだと平日も込んでるけどね」
そんな気の置けない会話を楽しんだ。
先輩は聞き上手だ、やんわりとした物腰がまたよくて、なんでも話したくなるマジックにかかる。本当にどうでもいいような言葉でも、先輩はふんふん、それで?って聞いてくれるから、たくさんしょうもないことをしゃべったような気がする。
っていうか、私、舞い上がってるわ。夢、見ている感じ。人生初の男性とふたりきりのカフェデートが、こんなにもハイスペックな人だなんて!
夕べ見たテレビで面白かった話をすると、先輩が微笑む、その時だった。
「シン」
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