幸不幸のまじない

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「ユキちゃん…!」  まるで雪のように綺麗な白猫だったから、付けた名前でした。  恥ずかしいことに、友達と遊びに行けない私には高校生になっても友達はいなくて、祖母には内緒でこっそり仲良くなった唯一の友達でした。祖母は腰が悪いから、屈んで見ることができないのを良いことに、古い家の縁側の下にこっそり造っていたユキちゃんのための寝床。慌ててそこまで走り、覗き込んでも、綺麗に毎日整えていた寝床は残っていなくて。ユキちゃんのために用意していた食べ物が潰れたような残骸だけがそこには残っていました。  心の底からショックを受けると、涙ひとつ出ないのか、ただしばらく呆然としていました。  気が付いたら夜になっていて、気が付いたら自分の部屋にいて、いつもなら窓からこっそり部屋に入れているユキちゃんもそこにはいない。ただそれだけのことなはずなのに、悲しくて、苦しくて、でも涙は出なくて、こんな時どうしたら良いのかは高校生になっても分からなかった。 「私は、お母さんより、幸せになっちゃいけないから、」  友達はずっといなくて、でもそれは寂しかった。だから私は、いつもこっそりと友達を作っていました。  最初は庭の隅に咲いていた小さくて弱々しいけれど、綺麗な花。次はどこから入り込んだのか分からないヤモリ。その次は授業で1人ずつ飼うことになったメダカ。その次は毎日来るので餌をやるようになったスズメ。その次は家の裏で羽を怪我していたカラス。  最後が、白猫のユキちゃん。  みんながたくさん私の話を聞いてくれたけれど、ユキちゃんは中でもとても賢くて、たまに鳴き声で返事をしてくれる。だから私はユキちゃんになら何でも話すことができました。  でもそんなことよりも、自分の寂しさよりも、ユキちゃんが無事かどうかだけが心配で眠れませんでした。  カリカリ、カリカリ  布団に入っても、全く眠れなくて、夜中の2時を回ってもまだ起きていました。  窓の外に見える、ほとんど満月に近い月を眺めながら。時計の針の音だけが響く夜に1人、賢いユキちゃんは、もしかしたら戻ってきてくれるのではないかと心のどこかで期待しながら。  カリカリ、カリカリ  私がその音に気が付いたのは、しばらく経って、少し月の位置が低くなった頃でした。窓枠を引っ掻く音に気が付いて、慌てて開ければそこにはユキちゃんが。ほっとして、全身の力が抜けていくのが分かりました。  年老いて耳が遠くなっているとは言えど、祖母はこういう時だけは敏感でした。物音を立てないよう気を付けながらユキちゃんを部屋の中に入れようと手招いたけれど、どうしてだかユキちゃんは入ってきてはくれませんでした。 「…ごめんね、ユキちゃん」  怖がらせてしまったから、もう家に入って来てくれないのかもしれない。それでもいいから、ユキちゃんに会えたことが嬉しかった。でも、そう考える自分はなんて自己中心的なのだろうと申し訳なくて謝れば、ユキちゃんの青くて丸い瞳がじっと私を見ていました。
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