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「お母さんって形があると思うの」
彼女は言った。
「そうなの? どんな形?」
僕は尋ねる。
「それはわかんないけど……例えば丸いのよ。でも私は四角くて、いや、もしかしたら三角? 星型かもしれない。とにかく、私はその形には、はまらないの。見て」
彼女は手に持つ育児書を見せてくる。友人から借りたとかで、やたら分厚い。
「全然形が違うのにさ、私を無理やりその形にはめようとしてくるの」
彼女は、もうお手上げだというようにそのままソファーに倒れ込む。
育児書はそれだけではなくて、名前のつけ方、母乳育児のすすめ、離乳食レシピ、産婦人科や役所からもらった小冊子と様々で、棚を一つ占領している。
彼女が持っているのは妊娠中の過ごし方のようなものらしく、妊娠初期、中期、後期それぞれの時期にすべきことがいろいろ書いてあるようだ。
「お母さんって歌があるでしょ。子どものころ歌った。お母さん、なあにって始まって、シャボンの泡の匂いとか、玉子焼きの匂いとか……」
ああ、そんな歌があったかなと、僕も思い出す。
「でも私、玉子焼きなんて作れないよ? それがお母さんの形だとしたら、やっぱり私はその形には、はまらない」
半分、不貞腐れながらも育児書は持ったままで、あちこち付箋も貼ってある。
「その……別にいいんじゃないかな、君は君の形で。玉子焼きは僕が作るし。ほら、僕、星型好きだよ?」
慰めたつもりの僕を、彼女は睨む。
「そうなんだけど……何かこんなの読んでたら、その形にはまらなきゃだめって気がしてくるの」
彼女の、倍になったんじゃないかと思うくらい大きくなったその体で言われると、僕は何も言えなくて、ただ黙って後ろから抱きしめる。
「あれ? 今、丸くなったんじゃない?」
僕は言ってみる。
「本当? 丸くなったかな?」
君が答える。
大丈夫、君がどんな形でも、僕がそれを丸に変えてあげるよ。
その代わり、君は僕を「お父さんの形」に変えてくれたらいいんだ。
この大きなお腹の中に確かにいる、小さな誰かさんのために。
君はもうすぐ、お母さんになる。
ー終ー
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