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中・一
「――只今16時40発港行きの電車、人身事故のために十分程遅延しております」
強い日差しが西側の空から地面を照りつける。電車が通れば多少涼しいのだが、これから乗ろうと予定している車両が人身事故で遅れており、俺たちは突然待ちぼうけを食らってしまった。隣に立つ今日華は、「遅延か。暑ちーのに」とかぼやきながら、制服の白いカッターシャツの襟をパタパタ動かしている。それを横目で見ていた俺はふと思い立ってスマホを取り出し、ネットニュースに目を通した。
「飛び降りだって」
「またか。最近多すぎ」
そうなのだ。つい先週も近くの駅で飛び降り自殺があり、電車が遅延して駅が大混乱に陥っていた。いつものことだが、運行ダイヤがいくつか乱れただけでホームがまさに蜂の巣状態になってしまう。
ちなみに今日華との会話のテンポは今の所悪くない。むしろスムーズといってもいいだろう。よく人は正反対の人間と仲良くなるというが、今回はそのジンクスが当てはまったらしい。
「ていうかさぁ。死ぬときくらい人に迷惑かけんなよって話だよな」
「ん、まあね。だけど可愛そうでもあるじゃん。死ぬときまでずっと誰かに恨まれる人生だったんだって」
「双っていいヤツなんだな。俺は最後まで自分勝手な人間に情けをかけてやる気にはならないね」
「それ、今日華が言えたことじゃない気もするけど」
「なんか言ったか」
心外だと言わんばかりの顔でジロリと睨んできた今日華を、俺は「なんでもないよ」とスルーする。どうやら本人の感覚だと学校の無断欠席は自分勝手ではないようだ。しかし、そこに言及すると長くなって面倒くさいので、そういう考えもあるのかと参考にする程度に留める。
「まあでも、別に情けをかけているんじゃないよ。せっかく数分俺の時間を割いてあげてるんだから、その人にはせめて天国で幸せになってもらいたいってだけ」
「天国かわかんないけどな」
今度は今日華が余計なちゃちゃを入れる。俺は今度も無視して冷めた目を今日華に向けた。するとその視線をどう捉えたのか、今日華がくすぐったそうに肩をすくめて笑った。
「双ってさ……俺のこと嫌いだろ」
「え?」
若干図星でギクリとしかけたが、努めて平静を装って今日華の顔を見上げた。真夏の日光が俺の演技を責めるようにじりじりと頬を焼いてくる。しかし、そもそもどのような意図で今日華はこの問いかけをしているのだろうか。
「なんかそう見えた。というか、ずっとそう思ってた」
「ま、まさか。そんなわけ――」
「いや、すまん。糾弾したいわけじゃない」
慌てて弁解しようとした俺を今日華は驚いたように止めた。わずかに涼しい風が二人の間を通り過ぎる。そして今日華は眩しそうに目を細めると、向かい側のホームの方に視線を向けた。
「俺さ、だいぶひねくれてて、自分のこと嫌いになってくれる人間を好きになる質なんだ。予め嫌われてたら、嫌われることを心配せずに向き合えるからな。逆に好かれてるとキツイ。たまに俺を尊敬してくれるヤツとかいるけど、失望されるのが怖くて、あんま近寄りたくない」
普段見る明るくチャラついたイメージとは真逆の告白だった。今日華の感覚は俺には理解できないが、なんだかひどく寂しく聞こえた。嫌われることをむしろ歓迎しているような言い方だった。
「それじゃ、今日俺を誘ったのも……」
「まあな。なんかこうして改めて言葉にすると、めちゃくちゃ失礼な感じだが」
「そうだね、失礼だ」
俺は迷わず肯定した。するとそれを聞いた今日華は、再びおかしそうに肩を震わせて笑った。心底楽しそうな表情だった。
「あはは、最高。できればずっとそんな感じでいてくれ」
変なリクエストだ。でもあまりにも明るい表情をするので、俺は思わずうなづいてしまった。ずっと嫌うことなら、好いていくことよりは簡単だろう。そんな俺の頭上に電車遅延のアナウンスが再び流れ始めた。
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