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この国はうそつきの国であると誰かが言った。そこには同意しよう。建前や謙遜は必須アイテム、ダブルスタンダードは当たり前、正直な人間は煙たがられ排除される。実際、この国の人間である俺も正義のヒーロー気取りは気に食わなかった。正論者はたしかに正しいが、一緒にいると正直面倒くさい。
「今は多様性の時代といいます。とりわけ男女雇用の均等化へと取り組みがされていますが、未だ政界や企業の管理職に女性がつく割合は低いままです」
ぼんやりとした頭の中に授業が流れてくる。ふと手元に目を落とすと、授業プリントの穴埋めがほとんどされていないことに気づいた。俺は慌ててシャーペンを持ち直す。
由良先生が今説明しているのは、現代社会の一大テーマ、ニュースでも頻繁にお目にかかる話題だ。でも俺が見る限り男尊女卑はかなり改善されてきていると思うし、そもそも政界や企業のトップになりたい女子なんてそんなにいるのだろうか。
この前体育の沖野先生が女性である白良先生に、「女性なんだから料理は練習しなくちゃ」と言って男女差別だと女子生徒から非難を浴びていた。しかし、由良先生とて以前テストで落ち込む男子生徒に、「男なんだからそんなにめそめそしないの」と慰めていたではないか。
俺が思うに、女性はそんなに弱くない。むしろ結構パワフルで、男の方が虐げられてるんじゃないかと感じるときもある。だから「女性割合増やせ」と号令がかかっているのにも関わらず、その割合が増えないってことは、根本的に望まれてないってことだ。テレビや雑誌で叩き潰され血税泥棒と呼ばれたり、余計な責任を負ってつまらない会議に出席する仕事に魅力を感じないのではないか。もちろん全ての女性がそうだと言うわけではない。企業形態も変わってきている。だけどもし俺が女だったら、そんな面倒くさい職種よりもさっさと結婚したり、もっとキラキラした業界でのびのびと働こうと考える。
まあ、この思考にも多少女性への偏見があるのだろうが、その点にはご容赦いただきたい。人という動物は結局、自身が持つ偏見で物事を測るしか能がないのだから。
「こんちはー」
突然教室のドアが開いて、新しい夏の風と共に遅刻した人物が堂々と入ってきた。クラス全員と先生の視線を一身に浴びているのは、滅多に学校に来ないと有名な坂森今日華だ。今日華という名前だが、茶色いに近いサラサラな髪を持つ顔立ちの整った男子生徒である。彼は凝縮された好奇の目をなんてことないように受け取って、ひらひら友人に手を振りながら俺の一個前の席に座った。
「坂森くん、よく来たわね」
約2週間くらいの無断欠席だが、由良先生はにっこりと称賛するように微笑んだ。周りのクラスメイト達も、「久しぶり」や「何してたのー?」などと優しい声をかけている。それを見ていた俺は、ちょっと面白くない顔をして机に肘をついた。
男女平等なんてそんな難しい話はもうどうでもいい。むしろ、目の前の不平等について文句を言いたい。なんでこの世界は真面目に登校している人間が当たり前だと無視され、こんなふうにたまにフラッと来たやつが褒められるのだろう。別に褒められたいわけでもないが、遊んでいるだけの生物がちやほやされる世界線にいることが未だ信じられない。そろそろ学校の七不思議に登録されてもいいころじゃないだろうか。
「双、生きてる?」
ハッと顔を上げると、前の席の今日華が振り返ってこちらをのぞき込んでいた。もう他の生徒の意識は授業に戻ってしまっている。もしかして急に構われなくなって寂しくなったから、手短な俺に声をかけたんだろうか。
「生きてる」
俺はできるだけ不満を出さないように短い返事をした。そして再び手元に目線を落とす。なんとなく向けた目線の先には、また穴埋め作業が途中停止しているプリントがあった。考え事のせいで手が止まったらしい。自分が自分で嫌になる。俺、このままだとポエマーになるしかないかもしれない。
「そうだ、双。今日の放課後、遊びいこう」
「なんで?」
「いや、無理だったらいいけど」
遊びに行くのか、俺と今日華が。
なんかやたら面倒くさそうな誘いだ。正直、たまに言葉を交わすくらいで親しくないし、二人で出かけたら沈黙が続く光景が容易に想像できる。
だけど、ほんの少し郊外での今日華の様子を見てみたいのも本心だ。今日華は本当に謎に満ちている。いつも学校に来ないで、どこで何をしているのか。
「行くよ」
由良先生の張り上げた声をBGMに、興味本位という言葉がまさにしっくりくる不純な動機で、気がついたらそんな言葉が自分の口から出ていた。
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