1人が本棚に入れています
本棚に追加
二人は四時間をかけて宇宙服内の気圧を下げるプリブリーズを行った。
プリブリーズ 宇宙服内の窒素と、体内に溶け込んでいる窒素を排出し、宇宙服が窒素によって膨れ上がることを阻止することである。
プリブリーズを終えた二人はエアロックが開くのを待っていた。滞在チーム仲間のイワンがカウントダウンを開始する。
「エアロック開放まで、10秒前…… 9、8、7、6、5秒前、4、3、2、1、0、オープン、エアロック開放」
エアロックの扉が開かれた。その向こうには無限の大宇宙が黒い牙と極彩色の金平糖を思わせる光を携え広がっていた。
二人は右も左も分からない地に足もつけられない無重力の海へと命綱一本を頼りにして漕ぎ出すのであった……
二人は部品交換のためにそれぞれ別方向へと飛んでいく。二人の船外活動の経験はこの199日で50時間を超える、二人合わせれば100時間超え、今回の「アルタレ」の滞在チームの中で一番の経験があった。二人で同時に船外活動を行うのも10回目である。
無重力の暗黒海を泳ぐ阿倍、甲斐はそれを見て僅かな違和感を覚えた。阿倍と「アルタレ」とを繋ぐ命綱の揺れ方が大きく前までの9回と違い不安定さを感じるのであった。甲斐はオープンチャンネルとなっている通信機で阿倍に語りかける。
「シープ(阿倍のコールサイン)…… シープ…… 応答願う…… こちらファーム(甲斐のコールサイン)」
阿倍はすぐに返事をした。いつもであればそのまま黙って作業に入るのに、今日に限ってどうしてと疑問に思いながらの返事であった。
「こちらシープ…… ファーム…… どうした?」
「命綱の揺れに違和感、緩くないかの判断求む、万が一の場合は船外活動の中止を要求『アルタレ』オペレーションスタッフにも報告、オーバー」
阿倍は自らと「アルタレ」とを繋ぐ命綱のチェックを行った。腰に後手を回しての接触での確認である。宇宙局での訓練で何千何百回と触った命綱固定の感覚と同じで特に問題はない。いつもの通りである。
心配性だな、我が親友よ。そんなところが大好きだ。阿倍はそんなことを思いながら報告に入る。
「こちらシープ。ノープロブレム、問題はない。オーバー」
杞憂だったか。甲斐は安心し、自分の船外活動を終わらせるのであった。阿倍も同じく自分の船外活動を終わらせる。「アルタレ」内のモニターでそれを確認したイワンは二人に通信を送る。
「いいか? 二人並んでの写真撮影を行う。地球を背景にしたツーショットだ。並んで並んで」
阿倍と甲斐は宇宙遊泳をし、二人で並ぶ。甲斐は阿倍に支えられながら後ろを向き、背景に地球があることを確認した。瑠璃色に輝く地球をヘルメット越しに見た甲斐はその美しさを前に感動し目頭が熱くなった。
最初のコメントを投稿しよう!