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〈ここで命綱を外せば、お前のものだぞ?〉
甲斐は自分の頭の中の悪魔に反論する。
「そんなことが出来るわけがない!」
〈へへへ、ここで離せば阿倍は永遠に宇宙の放浪者となる。二度と会うことはねぇんだ? 気にする必要はないぜ?〉
「しかし! あいつはおれで、おれはあいつで! 全てなんだ!」
〈はぁん? あいつも同じことを考えてるのか? 違うだろ? お前より琉和をとったんだよ! あいつは! 生まれたときからの親友よりもな! だったら奪え! お前のものにするんだ!〉
肚は決まった。甲斐は阿倍の命綱を握り、思い切り引っ張った。宇宙空間故に音こそ無いが、音があれば ガキンっ! と言った鈍い音を放っただろう。それにより阿倍の命綱と「アルタレ」との繋がりは絶たれた。その時阿倍は「アルタレ」の外付梯子に手を伸ばそうとしていた。甲斐はその手を握り、大きく振り払い、ぽいと放り投げた。
ここから一世一代の大芝居、甲斐は魂の叫びで「アルタレ」内の滞在チーム皆に向かって叫んだ。
「阿倍が! 阿倍が飛ばされた! 宇宙の彼方に飛ばされた!」
「な、何だって!」
「早く回収を! 俺は命綱を外してあいつを追う!」
甲斐はその気もないのに自分の命綱に手を伸ばし、外すように見せかけた。イワンはそれを見て必死に怒鳴る。
「馬鹿野郎! そんなことやったら二人共回収不可だ! お前は戻れ!」
「でも!」
「命令だ! エアロックに早く戻れ! 命令だ!」
上手くいった…… 後は「アルタレ」内に戻り悲劇のヒーローぶるだけだ。甲斐は口角をニヤリと上げた。そして、今や宇宙の何処かを漂う阿倍に向かって呟く。
「too bad~(お気の毒様)」
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