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阿倍は無限の宇宙を彷徨っていた。前に向かって水を掻くように宇宙空間の海を泳ぐも、前には進めない。ほんの数分前まで見えていた「アルタレ」も見えなくなった。それどころかいつの間にか他の星すらも見えなくなっていた。見えるのはヘルメットに吹きかける息の白い吐息のみ。それ以外は全てが見えなくなってしまった。宇宙の暗闇の中へと閉じ込められてしまったのである。
無線機からは何も聞こえずに通信途絶、それ故に回収は望めない、両手両足を動かし泳いでも周りが暗闇であるせいか前に動いているのか、後ろに流されているのかすらも分からない。やがて、両手両足を動かしている感覚、いや、両手両足があるのかないのかさえも分からなくなってしまった。
目を開いても暗闇の中のため、目を開けているのか閉じているのかが分からない。目を開きっぱなしにすれば、目が乾き痛みが襲ってくる。その痛みがある時点で「目を開いている」ことは分かるのだが、目が乾いて痛いために閉じてしまう。ヘルメットに息を吹きかけての曇りを見ることだけがこの暗闇の中で唯一「見える」事象であるために、阿倍にとってはこれが唯一の娯楽となっていた。脳内でお気に入りの音楽を再生しようにも、宇宙に音は無い故に脳内で響く耳音響放射が常に止まない。さすがに「ツーン」と脳を痛めんとする音を娯楽には出来ない。
宇宙空間を揺蕩う間…… 阿倍は眠っては起きて、眠っては起きてを繰り返すが、宇宙は暗闇のために昼と夜の区別がつかない。
腹が減り空腹感に襲われたり、排便排尿もオムツの中に溜まりきり気持ち悪い。こう考えられるうちは「生きている実感」を得て嬉しさを感じる。そのぐらいにまで阿倍は追い詰められていた。
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